しろ
「お願いだから、食べられるものにして頂戴。」 「失礼だな。俺の料理の腕を疑うのかい?」 「あなたの良心を疑ってるのよ。毎回乾汁を飲んで瀕死になっている部員を見てるからね。」 「それだけ喋れれば大丈夫みたいだな。」 貞治は肩を竦めて部屋を出ていった。 うるさいわねえ。こっちは息も絶え絶えなのをこらえて返事してるのに。 現在、青学テニス部マネージャーのワタクシは、風邪をひいて折角の部活のない日曜日を無為に過ごしております。因みに、本日久々にデートをしようと約束をしていた彼氏の乾貞治くんは、風邪をひいて出られないとメールした途端、電光石火のごときスピードで我が家に出現したのであります。 ていうか、だからといって「あらあ、じゃあ乾くん、のこと、よろしくね。」と町内会の会合という名の井戸端会議に出ないでください母上。一応お年頃の女の子と男の子が二人っきりで一つ屋根の下なのよ。 なんちて。 う〜、辛い。 そしてうんうん唸っている私を見かねて、貞治くんが栄養の付く飲み物を作ってくれるとほざきやがった。 ・・・どうせ乾汁でも作るに決まってる。 ちょっとぐらぐらする頭で天井を見上げる。 白い天井。白い壁。白いシーツ。 そんな、なんでもないものを見ていても、不安になる。 白は、孤独だわ。どんな色を混ぜても白にはならない。自分の中に、誰も寄せ付けないでいる。 紫の中には、赤と青。 緑の中には、黄と青。 橙の中には、黄と赤。 白の中には、なにもなし。 私の中にも、誰もいない。 「、できたよ。」 「ん〜? ・・・あら、意外に普通の色。」 「まさか病気の彼女に乾汁は飲ませないよ。」 「ペナル茶かな、と思ったのよ。風邪ひいてデートおじゃんにしちゃったし。」 「その風邪も、俺たちのために働きっぱなしだったからでしょ。」 オレンジ色の綺麗な液体の入ったコップを受け取る。一口飲むと、どうやらベースは柑橘系らしい、ということがわかる。 「ビタミン、いっぱい入ってそう。」 「お肌にもいいんじゃない?」 「よさそー。ねえ、貞治。風邪じゃなくても作ってきてよ、これ。」 「かなり元気みたいだね。」 上体を起こしてワガママを言う私に、貞治は呆れたように笑って、私の頭を撫でる。実は頭を撫でられることがとても好きな私を甘やかす、貞治の技の一つ。 それでもいつものように笑ったりしないからか、貞治は私の顔を覗き込む。 「気分悪い? 辛いなら、ちゃんと寝てなさい。」 「ねえ、貞治。あなたは緑よね。」 コップの中身を一気に飲み干して、貞治にコップを押し付ける。口の中がすっごく爽やかになったけど、胸の中はくしゃくしゃだわ。 ぼふん、と貞治の胸に体を倒す。さすがテニス部、少しもよろけずに私の体を抱きとめる。貞治の体温が気持ちよくて、私は目を細める。 「どういうこと、緑って?」 「青と黄色よ。いつも冷静沈着、だけどこんなにも優しいわ。冷静の青、優しさの黄色、だから緑よ。」 貞治が髪の中に指を入れて、直接地肌を撫でるようにする。 「じゃあ、は白かな。」 白。 「白は、孤独だわ。」 「なんでそう思うんだい?」 「どんな色を混ぜても、白にはならないわ。白は、全ての色を拒絶するのよ。だから、孤独だわ。」 そう。いつも意地を張って、誰にも溶け込めない私はぴったり。 貞治は私をあやすように背中を叩く。 「逆だよ、。白は全ての色を混ぜるとできるんだよ。だから、全ての色と交わることができる。それでいながら、誰よりも純粋のままでいられる。白は、純真の象徴だろ?」 貞治はいつもみたいにぎゅっ、て私を抱きしめる。 私は、あまり力の入らない手で貞治にしがみつく。 「だめだ。貞治、ごめん、私、今幸せすぎて死にそう。」 「うーん、死んだら困るなあ。」 「ご免、貞治置いて先に逝く。ああ、好き。好きよ、大好き。こんなに幸せにしてくれる貞治が大好き。今幸福死するけど、私がいなくなっても浮気しないでね。」 「・・・なんだい、その幸福死って。」 「幸せすぎて死んじゃうという、とっても贅沢な死に方よ。」 こんなにも愛しい彼氏がいることを再確認できるなら、風邪をひいて幸福死するのも悪くない。
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