あめ
「エノさんは、久遠寺さんにお会いしたんですよね?」 「誰だい、その天竜寺さんとは?」 最後の一文字しか合ってないじゃない。 「昨日、エノさんがタツ兄さんと敦子さんと一緒に行ってきたお医者様の娘さんですよ。久遠寺梗子さん。あの妊婦さんですよ。」 「ああ、あれか。」 途端にエノさんは目を伏せた。 「ちゃんは、興味があるのか?」 「え、ええ、そりゃまあ、珍しい話ですから。タツ兄さんと同じく、野次馬根性は旺盛ですし。」 こういうところが、自分の精神状態を不安定にする要素を呼び込んでしまうんだろうけれど。 エノさんは私が作った冷やし飴をごくごくと飲む。私はあまり美味しいとは思わないけれど、エノさんは何故かこの飲み物がとても好きなので、雪絵さんに教わった美味しい(らしい)作り方でエノさんに出してあげた。 「ちゃんは、会ってみたいのか、その工藤さんに?」 今度は最初の文字だけで、字数すら違う。 「ええ、会ってみたいですけど、エノさんは行かれないんですか?」 「僕は探偵だ!」 「ええ、知ってます。」 「探偵だから、真実を云うのだ! あの扉を開ければすぐに見える! 藤牧が死んでいるぞ。」 一体この探偵は、何を視たのだろうか。 「エノさん、一体何を見たんですか?」 「死体だ死体! あれが生きているとは思えない。なのに何で猿は見えないんだ?」 「じゃあ、一緒に行きましょうよ。何を視たのか、私にはよくわからないです。」 エノさんは不可解な顔をした。 「ちゃん、君は、死体が好きなのか?」 「え?」 「僕はあそこで死体を見たって云ってるぞ。なのに君は、僕が何を見たのかよくわからないから連れて行けと云う。それは、死体が見たいからなのか?」 「何を・・・私が視えるわけないじゃないですか。」 「いや、君にも見える筈・・・いや、耳を閉じていなくても、聞こえないこともあるんだったな。」 エノさんは腕を組んで悩み始めた。 私は諦めてもう一杯冷やし飴を空になったコップに注ぐ。 安和さんは買い物に行ったきり、帰らない。
「タツ兄さん。」 「なんだい?」 「今日、旦那と一緒に出かける時、私もついて行っていい?」
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