その女は、夜な夜な飴を買って

 

 

 

 

 偶々、夏季長期休暇のある日、秋彦兄さんの家に遊びに行った。

「タツ兄さんじゃない。今日も何か面白い話を見つけたの?」

 伯父であるタツ兄さんが秋彦兄さんの家に来るのは、大抵面白い話を見つけて、その講釈を聞きたいが為。私も秋彦兄さんの話を聞くのが好きなので、こういう偶然は大歓迎。

 二人は山の様なノートの束を抱えて読んでいた。

「やあ、ちゃん。千鶴子の奴がいないので麦茶しかないが、上がりたまえ。」

「私が淹れますっ。お茶の場所は、千鶴さんから聞いてるから。私がいない時にお客様が来たら、ちゃんお願いね、って云われていますので。」

 そう憎まれ口を叩くと、タツ兄さんはちょっと笑い、秋彦兄さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。と云っても、秋彦兄さんの場合は年がら年中苦い物を噛み潰しているみたいだけど。

 お台所に上がって二人の前から回収してきたコップを洗い、お土産に持ってきたお饅頭をお皿に盛る。私は麦茶を注いだコップを三つとお饅頭のお皿をお盆に乗せて二人のところに戻った。

「ところで、何を読んでるの?」

 タツ兄さんは美味しそうにお饅頭を食べてから答えてくれる。

「うん、日記をね。」

「日記?」

「関口君、君はこんなうら若い少女に、あんな下賎な話から始める気じゃないだろうね。」

「ま、まさか。ちゃんと、まともな話を、」

「タツ兄さん、秋彦兄さん。大体予想ついちゃった。」

 だって、そのノート、名前が書いてあるもの。藤野牧朗、って。

「今藤野牧朗という名前でタツ兄さんが首を突っ込みそうな話題って、例の長期妊娠でしょう?」

 秋彦兄さんは呆れた様な溜め息を吐いた。

ちゃん、君は一体どんな雑誌を読んでいるんだい? それとも、こちらの作家先生の入れ知恵かい?」

「し、失礼だな、京極。僕だって、まさかちゃんにそんな話をするもんか。」

「だが、現にちゃんは知っているじゃないか。」

 云えないよなあ。まさか、タツ兄さんの部屋に勝手に忍び込んで、雑誌を読み漁ってるだなんて。

「まあ、私がどういう風に情報を仕入れてもいいじゃない。で? どうしてその渦中の人物の日記なんか手に入ったの? まさか、タツ兄さんがそこまで顔が広いとも思えないけど。」

 すると、タツ兄さんは仔細に渡って先日来のタツ兄さんの秋彦兄さん宅訪問から始まる一連の出来事について説明してくれた。その間も、秋彦兄さんは恐ろしいスピードで日記を読み続けている。

 タツ兄さんの説明は好きだ。兄さんの小説を読んでいるような気分になる。どこかふわふわとしていて、冗漫な様で、主観の多分に入った長たらしい説明。秋彦兄さんやエノさんは長くてややこしいと云うけれど、私にはこの方がいい。この方が、出来事を忠実に頭の中で再現できるような気がする。

 その際に、タツ兄さんに同調してしまって少し鬱状態に片足を突っ込んでしまいそうになるのが困るけれど。

「タツ兄さんって、エノさんといい秋彦兄さんといい、変なお友達ばかりね。」

ちゃん、僕は関口君の友人ではなくて知人だよ。」

「そうやって何だかんだ云いながらタツ兄さんの相談に乗っている時点で、もう十分に友人だと思うわ。それで? 秋彦兄さん、なにか面白いことは見つかって?」

「面白いとは不謹慎だな。人の不幸を笑うんじゃない。」

「あら、部外者にとっては面白いか面白くないかの価値くらいしかないじゃない、そういうのって。ね、タツ兄さん。」

 これは、人の噂話を飯の種にしているタツ兄さんに対するちょっとした皮肉。タツ兄さんなら、そんな下賎な記事を書かなくても、小説一本で生活できると思うのに。

 世間がまだ追いつかないのね。

 姑獲鳥に対する一通りの解釈が終わり、それを今度の事件に繋げて兄さん達は論議を始める。どちらかと云うと、秋彦兄さんの見解にタツ兄さんが相の手を入れるという感じだったけれど。

 なんでかしら。私は突然、飴を思い出した。

 その昔、秋彦兄さんが教えてくれた民話に、こういうのがあったはずだ。

 ある村に旅の女性がやってきて、死んでしまった。村人たちは不運に思い、彼女をきちんと墓に埋めてやり、三途の川を渡るための賃金まで一緒に埋めてやった。その晩から毎晩、見知らぬ女性が夜な夜な飴を買いに来る。飴売りは不審に思い、ある晩その女の後をつけてみると、あの旅の女性が埋められている墓の前で女は消えてしまう。村の他の人を呼んで墓を掘り起こしてみると、飴を嘗める小さな赤ん坊の姿があった。あの女は臨月の女で、死んだ直後に赤ん坊が生まれ、しかし母乳を出すことのできない母は、不憫に思って村人からもらったお金で飴を買い、赤ん坊に与えていたのだろうという話だ。

 この場合は、赤ん坊じゃなくて母親が死んでいるけれど。

 なんか、似ている気がするな。

 

 ああ、そうか。

 どちらも、赤ん坊を一人にしてしまったことに対する、無念があるんだ。

 どちらも、赤ん坊を大切に思っているんだ。

 いいな。

 私も、母親に、

 

「なんだよおい。」

 旦那が、あの胴間声を上げながらやってきた。

 

 








反省会
 またエノさんいないし。でも、なんとなく姪っ子の過去が・・・。ていうか、姪っ子京極に対して強気すぎ。

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