「あら、BOKUくん。どちらへおでかけ?」

 BOKUは必死で引き攣った顔を元に戻してから後ろを振り返った。

さん、おはようございます。」

「あら、と呼んでください、と言わなかったかしら。きっと言い忘れてしまったのね。嫌だわ、年をとるとどんどん物忘れが激しくなって。」

 にこりと微笑みながら首を傾げる少女は、BOKUから見ても十分に可愛いという部類に入ることはわかる。しかし、

 彼女に会う度にぞっとしてしまうのは、何故なのだろう。

 彼女の名前はというようだ。本人はそう主張している。

 だが、数ヶ月前までは、彼女の名前はだったらしい。周りがそう主張している。

 は、「8・10」と呼ばれるJDC本部ビル爆破直後までは存在した。らしい。BOKUも一応彼女には会っている。

 会っていると言うよりは、見かけた、の方が近いかもしれない。

 爆破直後の捜査会議に女子大生が乱入したかと思えば、大声で刃仙人や九十九十九に詰め寄り、鴉城蒼司が行方不明になったと知った途端、少女は意識を失った。

 数秒後、目を開けた少女は、それまでとは全く違った表情で笑った。

 、もしくはを昔から知っている人の話をBOKUなりにまとめると、こういうことらしい。

 は、の一人娘だった。

 だが、は、十数年前に起こった「家の悲劇」と呼ばれる事件が原因で帰らぬ人となった。

 その事件以後、引っ込み思案だった幼女は、一変して豪儀な性格となり、鴉城蒼司を誰よりも慕っていた(というよりは、我侭になって総代を独り占めしようとしていた、の方が表現としては合うかもしれないな、とはJDC一班の龍宮城之介さんの言葉)。

 そして、さんが言うには、鴉城蒼司が消えた途端、心の支えだった人物がいなくなったことで、は自分の殻の中に閉じこもってしまったらしい。

 そして、それによってそれまで抑制されていたが、表層に現れた。

 の正体はいまだに不明。

 もしかしたら、が分裂症だったのかもしれない。

 もしかしたら、死んだはずのの魂が、放心してしまったの体に乗り移ったのかもしれない。

 もしかしたら、彼女は本当になのかもしれない。は、時を経るにつれてにどんどん似てきたのだから、どこかで入れ替わりが行われていてもおかしくない。それを暴露するちょうどよいタイミングが来たのかもしれない。

 すべては根拠のない憶測で、面白半分に囁かれている母娘についての噂だ。

「すみません、つい忘れてしまいました。」

「まあ、そんなに若いのに、もう物忘れ? そうね、独尊くんの補佐は大変でしょうからね。何と言っても、まだJDCが爆破されてから、二ヶ月だものね。」

 でも、今度は忘れないでよ?

 そう言いながら笑うさんは、本当に愛らしい。

 けれど、何故か恐ろしいとも思う。

「BOKU、にはなるべく逆らうな。儂くらいになれば何ということもないが、BOKUごときの実力でに逆らってみろ。死んだ方がマシという目に遭わされるぞ。よいな? これはけして脅しなどではない。事実だ。」

 あの独尊さんでさえも一目置いているというか、実力をある程度認めていることを知っているせいかもしれない。

「そうそう。これからねえ、もっと楽しいことが起こるのよお。」

「楽しいこと、ですか?」

「そう。寒いところでね。もう、私、嬉しくって嬉しくって。だって、仙人くんって、が蒼司くんの次に信頼している人だもの。その仙人くんがあーんなことになったって知ったら・・・。」

 くすくすとさんは笑う。

 彼女には独自の情報網があるらしく、すでに起こった事件をBOKUたちがキャッチする前に知り得ている。尋ねれば素直に教えてくれるのだが、なんだかBOKUは不安になった。

 鴉城蒼司なき今、独尊さんによってかろうじて成り立っているJDC。そんなもろい状態の今、もう一つの支えである刃仙人に何かあったら・・・。

 BOKUは仕事がまだあるからと誤魔化し、足早に独尊さんの元へ向かった。

 だから、さんの独り言は聞き取れなかった。

「私も、あとちょっとしたら神聖城に行かないとねえ。ブラックくんもうすぐ出てくるだろうし。」

 

 さんから逃げるようにして独尊さんの部屋に入ると、独尊さんはちょうど電話を切ったところだった。

「BOKUか。厄介なことになったぞ。」

 電話を切ったときの渋面を崩さないまま、独尊さんはそう切り出した。

「仙人が、子供を誘拐して国外へ逃亡した、との連絡が入った。」

 



反省会
 母親、RISEの一員説浮上。
 更に、何故かBOKU視点。結構好きなんだよね、彼。後半の扱い酷いけど。
 そしてどんどん鴉城ドリから遠ざかってゆく・・・。

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