Rhetoric

 

 

 

 

 

 

 嫌だな。

 うん、果てしなく嫌だ。

 けれどもここでいつまでも立ち尽くしているわけにいかないから、僕はこんこんと扉を叩いた。音が地下に響く。

 ぱたむ

 そんな音を立てて扉が自動的に開いた。さすがに魔法界三年目なのでそこまでは驚かない。けど、首は傾げる。あれだけ、呪文を唱える魔法をけなしていたあの陰険教師が、魔法でドアを開けるとは思えなかったんだ。むしろ、「入れ」って素っ気なく言って僕に開けさせるのが王道でしょ?

 でも立ち尽くしてたらまたなんか言われるんだろうと思って、僕はそのまま恐る恐る部屋に入った。

 魔法薬学教授、セブルス・スネイプの自室に。

「あら、えーと、あなた、ポッターね。レポートの提出かしら?」

 だ、誰だっ!

 そこには、見たことのない女の人がいた。

 赤に金で何かの葉っぱの柄が描いてある、奇妙な形のローブを着た若い女の人で、その人はローブの襟元をだらしなく着崩してソファに寝転んでいる。右手に灰色の杖を持っているから、たぶんその人が扉を開けたのだろう。

「あ、あの・・・。」

 まさか、スネイプの彼女とかじゃないだろうな。すっごく嫌だぞ、それ。こんな、結構きれいな人と、あの陰険教師。

 うわ、寒い。

「ああ、ごめんなさいね。名乗りもせずに不躾に。私は。あなたは知らないかもしれないけれど、呪文修辞学という教科を担当しているの。五年生から必修だから、そのときはよろしくね。」

 先生はにこりと笑ってソファに座った。先生の前のテーブルには、飲みかけの紅茶のティカップが置いてある。

 ・・・ピーターラビット柄なんですけど。まさか、スネイプのやつが買ったのか?

「ポッター、レポートの提出?」

「は、はい、そうです。」

「そうなの。あ、今暇?」

「え、ええ。」

「甘いもの好き?」

「大好きです。」

 あ、思わず力説してしまった。

 すると、先生は隣の部屋へ行ってしまう。僕は困って、でもとりあえずレポートをスネイプの机に置く。しばらくすると、先生は湯気の立つティカップと、チョコレートケーキの乗ったお皿を持ってきた。

「一緒にどう? せっかく作ってやったのに、セブったら調べ物が終わらないから待ってろって言うのよ。私はハチ公かっての。」

 は、ハチコウ?

 なんだそれ?

 しかし、先生はそのままケーキのお皿を二つ、テーブルに置く。もちろん、ティカップも。

「どうぞ。」

 僕は促されて、先生の正面に座る。

 先生の髪は真っ黒だった。それでも、スネイプみたいに脂ぎっているわけでも、僕みたいにはねているわけでもなくて、さらさらとした髪を頭の上で丸く結わえている。そして髪には、見たこともない細長い髪飾りがいくつか差してある。目も、墨みたいに真っ黒だ。それでいて、肌は雪みたいに真っ白。これで唇が真っ赤だったら、まんま白雪姫なんだけど、唇は血の気がないくらいに薄い。

「あの、先生?」

「なあに?」

 チョコレートケーキを幸せそうに食べる先生は、首を傾げた。

「いいんですか、いただいて?」

「あら、ご一緒にどう? って聞かなかったかしら、私?」

「聞かれましたけど・・・。」

「いいのよ。セブの分は取っといてあるし、もしなくなってても、許婚を放り出して調べものなんかしているのが悪いんだし。」

「はあ。」

 いいのかなあ。

 ん?

「い、許婚!?」

「ええ。あ、そうか、今の若い子たちは知らないのよねえ。」

 先生は紅茶を飲みながら小さく笑みを浮かべた。

「私とセブって、学生時代から婚約しているのよ。一応だけどね。本当は卒業と同時に、それこそポッターの両親より早く結婚するつもりだったんだけど、ほら、色々あってね。どこぞの帝王の侵略とか。それでお流れのまま、今に至るのよ。」

 のほほん、と先生は答える。

 なに? 僕の予想は正解しちゃったわけ?

「あ、でも、心配しなくても、いくら許婚だからって、セブの嫌ってるグリフィンドールを私も一緒に嫌ってる、っとことはないから。そんな、自分の意志のないような妄信はしてないわよ。だから、安心して食べてね。」

 そう言われたからじゃないけど、僕はようやく恐る恐るケーキにフォークを刺した。

 あ、

「おいしい。」

「ホント? 嬉しいなあ。腕によりをかけて作ったからね。そう言ってもらえて嬉しいわ。セブは、絶対にそういうこと、言ってくれないからね。」

 にこにこと笑う先生に、僕は聞いてみた。

先生、あの、スネイプ、先生との婚約って、家柄の都合とか、そういうわけじゃないですよね?」

「違うわよ。うちにはもう、次期当主の兄と、政略結婚用の姉がいるから、私は結構自由な恋愛が許されていたからね。恋愛結婚よ。あ、まだ婚約か。」

「・・・・・・ど、どこが、その、えと、あの、」

「ああ、あの陰険根暗男のどこが好きかって?」

 仮にも自分のフィアンセをそう言っていいのだろうか。

「そうねえ、はっきり言ってしまえば、あの空回りっぷりかしらね。」

 先生はあごに右の人差し指を添えて斜め上を見た。

「目的のためには手段を選ばないのがスリザリンだけど、その手段がちょっと空回ってるのよねえ。でも、その一途さかしら。何が起ころうと、自分を保ち続けることのできる、信念の強さね。悪く言えば頑固なんでしょうけど、自分をあそこまで信じることのできる人って、私、セブ以外知らないわ。そこが魅力と言えば魅力ね。あとは、あの危なっかしくて不器用なところが、放っておけないからそばにいたいのかも。」

 こういうのって、ノロケと言うのかな。

 まあ、僕が尋ねたんだけど。

 すると、地下牢の部屋の扉が開いた。

「待たせたな、。」

 入ってきたのは部屋の主。けれど、入ってきた途端に硬直。

 うわ、もっと早くにとんずらしてればよかった。

 黒衣の魔法薬学教授は僕を見た途端、眉間のしわを当社比三割増しにした。

 って、そんなのんきなこと考えてる場合じゃないよお。

「あら、お帰りなさい。セブったら、またグリフィンドールにだけ課題出したの? 贔屓だわ、贔屓。」

「贔屓などしておらん。できないからできるようにするために、課題を出しているのだろう。」

 嘘だ。

「嘘ね。」

 うわ。

「もしホントだったとしても、もっとうまくやらないと、生徒に嫌われるわよ。」

「生徒に媚を売ってどうする。」

「そこまで言ってないわよ。いい? もし教師が嫌われたら、生徒というのは往々にしてその教師が教える科目をもついでに嫌うのよ。理屈にかなっていない、っていう反論はなしよ。そういうものなんだから。教師の性格のせいで、もしかしたらその生徒が大好きになるかもしれない科目を嫌わせてしまったら、その科目を真面目にやらなくなってしまうわよ? それは生徒にとって大きな損失よ。あなた、その責任を取れるの? 媚を売れとは言わないけれど、ある程度生徒に科目に対する興味付けをするのは間違っていないと思うわ。」

 とうとうと先生は語り、その間スネイプは自分の机の向こうにある椅子に座って僕のレポートに目を落として僕を睨みつけた。

 ええーと、

「あ、あの、先生、僕、そろそろ・・・。」

「あら、もう帰っちゃうの?」

「ええーと、その、クウィディッチの練習があって、」

「そうなの。それじゃあ、仕方がないわね。」

 先生はふう、と溜め息を吐いた。

「もう、セブが怖い顔をしてるから、ポッターに嫌われちゃったじゃない。ポッター、あんまりこの人のこと、嫌わないであげてね。ただの不器用さんなんだから。」

 ノロケはいいから、後ろの人どうにかしてくださいい!! めっちゃくちゃ睨んでますよおお!!

 僕は急いで、けど不自然にならないようにして地下牢を去っていった。

 

***談話室にて***

 

「あら、遅かったわね。またスネイプに説教されてたの?」

「あ、ハーマイオニー。実は、斯く斯く然々で・・・。」

「なんですって!? ここに教授がいるの!? 教授と言えば、呪文修辞学の第一人者じゃない!!」

「・・・・・・驚くところはそこなわけ?」

 

 

 

反省会
 ノロケが好きなのか、私は。セブドリで、セブほとんど喋らないし。

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