Rhetoric

 

 

 

 

 ホグワーツの授業に、呪文学というものがある。

 平たく言ってしまえば呪文を研究する学問であるのだが、まさか生徒に難解な研究をさせるわけではなく、基礎の基礎を教えるだけである。

 一口に呪文学といっても、音声呪文学や呪文相対性理論などとその分野は多岐に渡っている。そのうち、比較的理解しやすいものが呪文修辞学である。呪文を仮想単語レヴェルに分解し、それぞれの意味を的確に読み取ることによって、呪文の威力を調整することが出来る。近年新たに設立された学問分野なのでその研究者は少ないが、実用的であるために現在最も注目されている学問である。ホグワーツでも、五年生以上の必修カリキュラムに組み込まれている。何故一年生のうちから組み込まれていないかというと、低学年では覚えている呪文の数が少ないため、呪文修辞学を習う意味があまりないからである。

 ホグワーツには呪文修辞学の教授は一人しかいない。さすがの名門でも、数少ない研究者の中から多くの教授を引き抜くことは出来なかったのである。しかし、ホグワーツは呪文修辞学の最先端をいっている。何故かというと、その呪文修辞学の教授というのが、呪文修辞学を確立した人物だからである。

 

「それがなんだ? へえ、知らなかったなあ。」

「酷いなあ、友達の偉業を知らないなんて。」

「ただ単に、亡くなられた教授の研究を引き継いだだけだろうが。」

「そーなんだけど・・・。でも一応、共同研究だったんだよ? 発表時に先生が亡くなられちゃったけど、ちゃんと連名で発表したもん。」

 上からリーマス、私、セブ、そして再び私のせりふ。

「でも、リーマスが先生になることの方が驚きだよ。あのいたずら四人組が先生だよ? 信じられる?」

 私はかなり上の方にあるセブを見上げた。セブはなにも答えなかったけれど、同意しているらしい。

「それこそ酷いよ、。」

「ホントのことじゃない。まあ、セブが先生やるって言ったときも驚きだったけどね、最初は。あの人嫌いが先生!」

 リーマスは、確かに、って言いながら笑う。私はリーマスのこの笑顔が好きだ。苦しいのとか辛いのとか、全部知ってるのにしっとりと笑う。卒業近くにいつもこういう笑みを浮かべていた。もっと前の頃は張り付いた笑みばかりだったけれど。この、私の大好きな笑みが変わっていなかったことに、私はほっとした。

 分かれ道で、私とセブは左、リーマスは右に行く。リーマスはこれから初授業。私とセブは、今日はまだ授業がない。私とセブはなにも考えずにセブの地下牢に向かう。

「なんか、いやだな。」

 セブの部屋で紅茶をもらいながらブレイク。くるくるとティースプーンをカップの中で回す。因みに、ティーセットをそろえたのは私。まさか、彼が自分で買うわけがないでしょ。

「なにがだ?」

「なんか、懐かしい名前聞きすぎた。」

 昨日赴任してきたばかりの『闇の魔術に対する防衛術』教授、リーマス・J・ルーピン。

 手配中の脱獄囚にして、以前友人のピーター・ペティグリューを惨殺した、シリウス・ブラック。

 そして彼が狙っているのは、天才と呼ばれたジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの一人息子。

「昨日、あまりにも懐かしい名前、聞きすぎちゃって。なんか、切ない。」

 いつになく落ち込んでいる私を気にしてか、セブは自分の椅子から私の隣まで移動した。二人分の重みで、ソファが軽く沈む。

「なにが、不安なんだ?」

「不安、なのかなあ。うん、不安かも。だって、もしもシリウスが忍び込んできたりしたら、セブ、真っ先に殺しに行っちゃいそうなんだもん。」

 私はちょっと笑いながら言う。セブは思いっきり嫌な顔をした。

「心配は、すっごくしているよ。ハリーのことも心配だし、リーマスのことも、正体がばれないか心配。でも、それより何より、空回りの魔法薬学教授が、危ないことするんじゃないかって、心配。」

「それはそれは。」

「だめだよ? キレたからってリーマスの正体ばらしたり、シリウスのことをハリーに対して罵ったりしたら、だめだからね?」

 この忠告が意味をなさなかったのを知るのはまだまだ先のことなのだけれど、そのときの私は半分冗談で口にした。

「人を、何だと思っている。」

「イノシシ。猪突猛進型よね、セブって。ホント、昔から変わらない。三つ子の魂百までって、日本だけじゃないのね。」

 聞き慣れない言葉にセブは眉をひそめたけど、私の日本オタクを思い出したらしくて、たぶん日本の言葉なのだろう、と納得したみたい。

「それはともかく、まともなローブに着替えろ。」

「え? なに? これ、気に食わない? 新作なんだけどなあ。」

 私が着ているローブは、日本の民族衣装をローブ風に改造したもの。緋色の地に金の楓模様の派手さ具合が気に入っているんだけど。

「お前の趣味にこれ以上口出しをしようとは思わない。ただ、その衣装だと、本当にブラックが現れたときに逃げにくいだろう。」

 あら、心配してもらえてるのね。

「心配いらないよ。私、逃げないもん。」

 セブは訝しげな顔をする。

「シリウスが来ても、逃げないわ。とっちめて、何があったのか吐かせてやる。その上で、私が引導を渡すわよ。」

「お前にやつを裁く権利はないだろう。」

「ええ、ないわ。あるとしたら、親友を殺されたとされているリーマスか、両親を殺されたとされているハリーかね。でも、私は絶対にあの二人の手を血に染めたりなんか、したくない。あの二人を、人殺しになんかしない。」

 目的のために手段を選ばない。それがスリザリンの卒業生たる私たちの特徴。

 知ってる人は少ないけどね。

「妙な言い回しをするな。『〜とされている』?」

「ううーん、なんか、あの間抜けのシリウスが、寝返るとは思えないんだよねえ。セブとおんなじで、猪突猛進型だから。」

 あ、今、同じにするな、って言いたそうな顔してる。

「まあ、とにかく、あの二人に恨まれようとも、私はあの二人に手を下させはしないわよ。禁呪の呪いは、想像を絶するものなんだから。」

「ルーピンはともかく、ポッターは禁呪を知らない。」

「あのいたずら組がいつ発見するかわからないわよ。」

 信用してなくてごめんね、ハリー。でも、あなたは信用できないことばかりするんだもの。

、やつを見つけたら、下手なことはせずに真っ先に私を呼べ。」

「なんで? そんなに、私の実力を疑うわけ?」

「違う。私が手を下すと言っているんだ。」

 言ってないよ、そんなこと。

 セブは自分の杖で私を叩いた。

「私が、お前を殺人者にしたいわけがないだろう。」

 

 スリザリン同士の恋愛は、なかなか大変。

 お互い目的のためには手段を選ばない。

 お互い狡猾に相手を狙う。

 お互い、相手のために命くらい簡単に投げ出す。

「すっごい殺し文句。」

「もっと言ってやろう。」

「なになに?」

「私以外に殺されるな。」

 

 

 

 

反省会
 だからなんだ。
 因みに、呪文学は勝手に。マグルの世界での、言語学と捉えてもらえばわかるかと。

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