あめのひに
その日は雨でした。 私はいつものように誰も帰ってこない部屋を掃除して、食べてもらえない食事を作って、ソファに沈み込んだ。 この家は、卒業して少し経ってから結婚を申し込んでくれた人が、二人で住もうと言って買った家。けれど、一度も二人で暮らしたことはない。 相手は、この家を買った次の日に、人を殺して監獄に入れられてしまったから。 「手紙も、なにもないものね。」 アズカバンに入れられた囚人が手紙を書けるわけがない。しかも、彼はヴォルデモートの片腕として動いていたと思われる人物なのだから、外の情報一つもらうことができないのだろう。 別に、黄色いリボンを巻いておくれ、っていう内容の手紙を待っているわけじゃないのだけれど。 「脱獄したなら、顔を見に来るくらい、してくれてもいいのに。」 ちょうど昨日、母校で教師をしていた男が手紙をよこしてきた。手紙には、とある事情で教職を離れなければならなくなったこと、あの男に会ったこと、あの男は無実だと言うことが書かれていた。 「知ってたわよ。シリウスが、無実だってことくらい。」 でも、それなら、一体誰がマグルの大量虐殺を図ったのか。 彼と同じ場所にいた、彼しかいない。 どのみち、あのときの大好きな友達が、手を血に染めたことに変わりはない。 けれど、 「やっぱり、嬉しいのよ。」 あの人が、帰ってきたってことが。 「あの人ためには、なんでもするわよ、私。」 狡猾なスリザリンですもの。 ―――カリカリカリ ふと、雨音に混じってガラスを引っかくような音が聞こえた。私はソファから起き上がり、音のする窓ガラスを見た。 そこには、黒い大きな犬が一匹。 「グリム?」 私は眉をひそめた。別に、グリムの迷信を信じているわけじゃないけれど、やっぱり染み付いた魔法界の常識はあまり好ましくない感情を生んだ。 けれど、その犬が哀れなくらいやせ細っていたので、私は窓を開けてみた。 「お前、どうしたの?腹が減っているの?」 黒犬はじっと私を見つめる。私は仕方なく犬を見返した。 「お前、寒いでしょう? こっちいらっしゃい。体を拭いてあげるから。」 手招きをすると、犬は素直に窓を乗り越えて部屋の中に入った。 「お風呂にも入りたいでしょう? あと、あったかい食事もね、シリウス。」 「よくわかったな。」 一瞬の光のあと、犬は跡形もなく消えて、その代わり、やせ細った長い黒髪の男が立っていた。 「わかるに決まってるじゃない。」 ちょっと憮然として答える。 「アニメーガスだって、言ってなかっただろ?」 「言ってなくても、私にはシリウスがわかるの。どんな姿になったって、私にはシリウスがわかるわ。シリウスだって、そうでしょ?」 男は――シリウスは細い指で私の頬を撫ぜた。 「すまない。」 「なにが?」 「今まで、放っておいて。」 「そうね。脱獄して、すぐにハリーのところへ行ってしまうなんて、薄情だわ。」 「・・・すまない。」 なんて顔をするのかしら。 「ウソよ。わかってる。あなたにとって、ハリーがどんなに大切か、わかってるわ。わかってるつもりよ。それに、彼もいたんでしょ、ホグワーツに?」 「ピーターのことか?」 「うん。リーマスが全部教えてくれたわ。」 「そうか。」 あの頃は、きれいに整った爪が乗った、白いきれいな指だったのに。 今は、割れた爪がついた、がさがさの手。泥だらけで濡れているけれど、私は頬に添えられた手を両手でつかんだ。 「冷たいわ。」 「ああ、悪い。」 「いいの。」 目を伏せた私をどう思ったのか、シリウスはそっと手を引こうとする。私はそれを止めるように手を強くつかむ。 「いいの。あなたが、無事なら。あなたが、私のところに来てくれたなら。 ううん、どこへ行っていてもいいわ。ハリーを守っていても、ピーターを追いかけに行っても、ヴォルデモートを倒しに行っても。 けれど、これだけは約束して。なにがあっても、最後には私のところへ来てくれるって。私も、なにがあってもシリウスを待ってるから。」 小さな切り傷だらけの指をそっと唇に当てる。 ああ、本当に冷たい。 あなたの心は、こんなに凍えてしまったのね。
「ああ、約束するよ、。必ず、お前のところに戻る。なにがあっても、必ず。」 「ええ、約束よ。」
最後に、ここに来て。 私が、あなたの手を暖めてあげるから。
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