「ちょっと、修ちゃん! 実家に帰ってきたなら、一言私に声をかけてくれてもいいんじゃない?」

 実家の玄関を出て数歩歩いた木場は、馴染みのある声に一瞬立ち止まり、反応してしまったことを悔やんでからそのまま進んだ。

「修ちゃん! なによ、無視する気!? そうならこっちにも手があるわ。礼ちゃんに言いつけてやる。」

「お前さんは一体いくつの餓鬼だよ。」

 木場は思わず振り返って毒づいてしまった。原因を作った女は両手に腰を当てて木場を睨んでいる。

「だって、礼ちゃんこの間云ってたわ。もし、木場修が悪さをしたら、僕に云ってごらん。必ず懲らしめてやるからって。」

「あの馬鹿なんかを頼るなんて、おめぇも下がったな、。」

「あら、突っ走ることしか能のない警察官なんかより、探偵の方が当てになるもの。それに、礼ちゃんは馬鹿じゃないわ。とっても頼りになる人よ。」

 は、木場の実家の隣に住んでいる、所謂幼馴染である。女学校を出たはいいものの、そのまま就職も結婚もせず、花嫁修業と嘯いて生家に居ついている妙な女である。確か木場や榎木津より五つ、六つ年下のはずだから、既に婚期は逃しているはずだ。

 それでも、は木場が実家に帰るとどこからかそれを嗅ぎ付け、幼い頃のように修ちゃん修ちゃんとあとをついてくるのである。

「おめぇもいい加減いい年なんだから、その修ちゃんってぇのはやめろ。」

「いい年してお嫁さんももらってない修ちゃんなんかには云われたくないわ。」

「おめぇだって結婚してねぇじゃねぇか。」

 はあからさまに怒った顔をして見せた。だが木場はそれくらいで恐れ入るような人間ではない。彼は普段から凶悪犯と立ち向かっている刑事である。背の低い女が目くじらを立てても、そんなもの枯れ尾花ほども怖がりはしない。

「私が未婚なのは修ちゃんのせいでしょっ! 原因に云われたくはないわ。」

「おい、なんで俺が関係して来るんだよ。」

「だって、修ちゃん、昔私をお嫁さんにしてくれるって云ったのに、まだ迎えに来てくれないんだもの。」

「だからお前、俺が帰ってくるたんびに寄ってくんのかよ。」

「そうに決まってるでしょ! 礼ちゃんだって覚えてるわよ、あの約束。私と修ちゃんが結婚して、礼ちゃんが私のお兄ちゃんになって、三人で暮らすんだから。」

 腰に手を当て胸を張って答えるに、木場は内心頭を抱えた。怖がらせようとする顔は怖くはないが、こういう、突飛な発言は昔から苦手だ。それでも今日はまだいい方で、いつもなら榎木津と二人でわけのわからない発言をしたい放題して木場を混乱させるのだ。

「ああ、わかったわかった。そのうち嫁にもらってやるから、せめて料理くらいは上手くなってくれ。」

「・・・修ちゃんがなんで私の料理の腕を知ってるのよ。」

 木場は面倒くさそうな表情を変えずにの後ろを指した。

「勝手の窓から、煙出てるぞ。」

 はゆっくり振り返り、

「やだ、お魚焼いてたんだった!!」

と叫んで家に駆け込んだ。

 それを見送ってから、木場は下宿への道を歩いた。一瞬にやりと笑ったが、幸い通りには誰もいなかったので、一人で突然笑い出す強面の刑事を目撃した人間は、誰もいなかった。

 










反省会
 なんとなく。なんとなく旦那が書きたくなっただけ。

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