証書

 

 卒業証書を引っさげて、桜舞う校庭に駆け出す。

 写真やサインブックの誘いもあったけれど。

 とりあえず後回しにしてくれ、と言うと、友人たちは合点がいったように「頑張れよ。」と応援してくれる。

 当然だろ、って叫んでそのまま走る。

 どこかで待ち合わせをしたわけじゃないけれど。

 絶対に見つけられる自信があった。

ちゃん!」

 校舎の裏、卒業式の賑わいも届かないところに彼女はいた。

 見慣れない黒いスーツを着て、小さな桜を見上げながら細い煙草を吸っている。

 喫煙者だということを知ったのはつい最近。子供の前で吸うわけにいかないだろ、と自分の前では吸わないでいたらしい。

 それなのに最近吸う姿を目撃するのは、自分を子供と思わなくなったからなのだろうか。

 そうならば嬉しいんだけれどな、と思いながら彼女の前に立つ。

 彼女は煙草の火を消し、携帯灰皿にその残骸を落として少し笑う。

「ご卒業おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

 ぺこり、と頭を下げる。

 いやいや、言いたいのはこんなことじゃない。

ちゃん。」

「なんだ?」

 いつもなら、ここで「先生と呼べ、竜堂。」というお決まりの台詞が返ってくる。

 その台詞がもう聞こえないのは、少し寂しいかもしれないけれど、でも積極的に聞きたいわけではないので別にいいや。

「俺、もうちゃんの生徒じゃないぜ。」

「そうだな。喜ばしいことだ。」

「うん、喜ばしい。」

 そう、喜ばしい。

 もう、先生と生徒という妙なフィルターがない。

「あのさ、ちゃん。」

「なんだ?」

 ずっと言いたかったこと。

「俺、ちゃんのこと、好きだ。」

 そして、ずっと聞きたかったこと。

「私も、お前が好きだよ、終。」

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