深い森
はダンブルドアとホグワーツで机を並べた仲らしい。どう見ても二十代にしか見えない彼女があの校長と同い年だという事実は現実味がなかった。そもそも彼女が誰かからなにかを教わるということが奇妙なことに思える。
「おかしなことではなかろう。偉大なる魔法使いも、生まれたときから偉大なわけではない。あたしだってものを学ぶさ。」 はそう言って含み笑いをした。しなやかな動きで寝台から降りて、白い素肌に直にローブを羽織った。 「ペティグリュー、お前さん、この森がどこだかわかっているのかい?」 軽い酩酊感と脱力感とに浸っていたピーターは、ゆるゆると頭を上げた。 「知らない。どこ?」 「禁断の森だ。」 はっ、とピーターは目を見開き、上体を起こした。はにやにやと笑いながら近くの椅子に腰掛けて足を組む。自然、ローブが割れて白い足がむき出しになる。 「案ずるな。ここはホグワーツ以上に強固な結界に守られているからな。私が生きているうちは、お前さんは無事だよ。」 無我夢中で走り回っていたとはいえ、よりによってホグワーツの近くに来ていたなんて。 ピーターは自分の迂闊さを呪った。 「そんなこと、気にしなくてもいい。あたしはどちら側にも与しない。つまり、どちら側にもお前さんを売らない。そういう規則だからな。」 「規則?」 「ああ。俗世の雑事に関わるのはごめんだよ。もう、たくさんだ。」 吐き捨てるようにはそう言って、すくと立ち上がる。 「さて、運動したら腹が減っただろう。なにか食べるかね?」 「う、うん。」 今更、そういった行為に恥じらいを覚えるわけでもないが、今までの経験がそうあるわけでもない上に、のように容姿の整った女性とは初めてで、暗がりの中で浮かび上がる彼女の白い肌と、自分の腹の出た体躯を比べて自己嫌悪に陥る。 手早く服を着て魔法で体を清め、階下へと急ぐ。自分のために食事を用意するというのだから、自分が行かなくてはの気を損ねてしまう。 慌てて階段を降りる。表紙に、気まぐれな階段は段の高さを急に変え、ピーターは足を踏み外して一階まで滑り落ちてしまった。 「なんだい。慌てなくても食料は逃げやせんよ。」 クスクスと笑ってはサンドイッチの盛られた皿をテーブルに置いた。とても短時間で作ったとは思えないから、恐らく魔法で出したのだろう。 湯気の立つティカップまで置かれて、ピーターはどこか不思議な心地で席に着いた。も座る。二人で食事をしたことはない。いつも、ピーターは一人で食事をとっていたし、にいたっては食事をしているところを見たことがない。 この人も食事をするんだ。 ピーターはそうひとりごちた。
「体を繋ぐことは死にいたる。」 ハムとチーズのサンドイッチにかぶりつきながらは言う。 「東洋のある信仰では、男女神の交わりによって世界ができたとある。生の前は、東洋式に言えば死だな。生死は循環するらしいから。メテムサイコシスというやつだ。」 の演説は時と状況を問わずに行われる。癖らしいのだが、それなら自分が来る前は一体誰に披露していたのだろうか。 「なのに、お前さんは怖がらないのか?」 「怖いよ。だから、あまり好きじゃない。」 それは事実だった。けれど、そう言えば周りからからかわれるであろうと容易に想像できたので、一度も言ったことがない。 「食べられるみたいで、イヤだ。」 「はは。無意識のうちに死を予感していたか。ふむ、そこまで頭は悪くないようだな。今まで馬鹿にして悪かったな。」 は心底楽しそうに言った。馬鹿にされたのだろうが、不思議と腹は立たなかった。
「さて、ペティグリュー。お前さん、まだ死は怖いか?」 「こ、怖いに決まってるじゃないか。」 真剣な顔を突き出され、ピーターはのけぞった。 「生きるためなら、どんな屈辱にも耐えることができるか? プライドをかなぐり捨てられるか?」 ピーターは生唾を飲み込む。一体彼女はなにを言っているのだ。 「いいか、生き抜く策をやろう。ネズミになって、ホグワーツへ行け。そしてグリフィンドールにいる、赤毛の男のペットになるんだ。そうすれば、いいことがある。だが、待たねばならない。十年以上、鼠の姿のまま、鼠の扱いを受け、鼠の餌を食って。末の息子のペットになるまで待つんだ。それまで恥辱に耐えれば、お前にチャンスが与えられる。そのチャンスをどう活かすかは、お前さん次第だがな。」 目が合う。の瞳の中に自分はおらず、醜い老婆が映った。 「な、さ、さっき、ここにいれば、ぼくは安全だって、」 「あたしが生きているうちはな。」 どういうことだ、と尋ねる直前。 ドンドンと、扉が激しく叩かれた。
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