深い森
そこはどうやら森の中の一軒家らしい。イメージとしては、昔マグルの友人から聞いた「白雪姫」に出てくる小人たちの家。けれど、室内の家具はきちんと人間が使う大きさだから、本当に自分のイメージでしかない。 そんなことを考えながらベッドの上で放心していると、扉が開いて影が部屋に入ってきた。 「ふむ、起きたようだね。飯でも食うかい?」 影は、女性のように見えた。年は自分と同じくらいなのだろうが、再び眠りに落ちる前に聞いた喋り方や、現在目の前にいる時点での雰囲気が見た目の年齢を裏切っている。これでも魔法使いなのだから、人間の姿がその年齢に応じたものとして表れない例はたくさん知っている。自分と同い年に見えたとしても、実際の年齢もそうであるとは限らないのだ。 「はい、いただきます。」 一応、命の恩人らしいことは覚えているので、素直に相伴に預かることにした。痛みを忘れると、それまで鳴りを潜めていた空腹感や倦怠感はすぐに襲ってくる。 女性は湯気の立つスープを持ってきた。自分がここ何日も絶食状態であることを知っているのか、具は細かく切り刻まれていて、一体何が入っているのか見た感じではわからない。それでも臆することなく、スプーンですくう。 毒を食らわば皿までだ。 毒を食ったのは、ずいぶんと前のことだけれど。 「食べながらでいい。申し開きを聞いてやろう。だが、お前はどうも頭が悪そうだな。あたしから質問をして、それに答えてもらうことにしよう。まず、名前は?」 動きが止まる。 「わからない。」 「ほう、よっぽど頭が悪いようだ。本名でなくてもいい。あるだろう、本名でない名が?」 左腕が熱を持つ。 「ワームテール。」 「ほう、ミミズのような尻尾、か。いかにも頭の悪そうな、腰巾着の名だな、ペティグリュー。」 がしゃん スプーンが床に落ちた。 女性は少々眉をしかめ、なにやらぶつぶつと呟く。すると、スプーンはふわりと浮き上がり、落ちた拍子についたほこりは消え、スープボールの中にきれいに納まった。 「ぼ、ぼくの、名前・・・。」 「ああ、知っておるとも。記憶はきちんとあるか、確かめるために聞いたのだよ。のう、裏切り者のペティグリュー?」 「あ、あなたは、ぼくを・・・」 がたがたと震えるピーターを見てどう思ったのか、女はしわがれた笑い声を上げる。 「心配しなさんな。あたしはヴォルデモートなんぞにお前を売り渡したりはせんよ。ましてや、アルバスのところに突き出すつもりもない。あたしは、どちらの側にもつかない、だからどちらもこちらに干渉してはならないんだからね。」 相互不可侵条約さ、と女は歌う。 「片や、ヴォルデモートが弱体化する遠因を作ってしまった男、片やポッター夫妻を裏切った男。ふふ、お前さん、度胸も根性もない割には、肩書きだけは立派だねえ。今頃、お前さんの大親友は無実の罪の烙印を押されアズカバン行き、もう一人は避けられない死の運命を受け入れ、もう一人は誰も救ってくれない闇の中。そして本人は、栄誉に彩られ後々にまで語り継がれる功労者。その実、ただの腰抜けの裏切り者ときた。愉快愉快。ただ騒がしいだけの戦争かと思いきや、なかなかあたしを楽しませてくれる。その返礼だよ、助けてやったのは。どうせ、あのままじゃ野垂れ死ぬか、デスイーターに殺されるか、オーラに殺されるかだろうからねえ。感謝しなくていいよ。楽しくてやってるんだからねえ。」 実に楽しそうに女は笑う。 「行くところがないのなら、ここにいても構わないよ。ただし! 怪我が治ったら、少しはあたしの手伝いをしてもらうからね。」 女性はスープボールが空になるまでそこに立っていた。ピーターはおどおどとしながらゆっくりとスプーンを動かす。 「あ、あの、」 「なんだい?」 「あなたは、誰なんですか?」 女性の眉が軽く上がる。 「い、いえ、あの、だって、名前がないと、呼べないし・・・。」 女性は片眉を上げた表情のまま言う。 「名前ねえ。そんなもの、とうの昔に忘れたよ。が、もしどうしても呼び名が欲しいなら・・・、とでも呼んでおくれ。」
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