体温計の電子音が鳴った。
fever
「37.8℃。」 体温計を見たちゃんは、珍しく私を睨んだ。 「ちゃん、平熱35.2℃くらいだったよね?」 「う、うん。」 「普通の人は、36℃前後。ちゃんの今の体温を普通の人に変換すると、38.8℃ってことになるよね?」 「な、なるね。」 「約、39℃よね?」 「そ、そうだね。」 背筋がぞっとしたのは、何も熱のせいだけじゃないと思う。 「なんでそんな状態でクラブ出るの!?」 滅多に落ちないちゃんの雷を食らい、私は保健室の布団をかぶった。
朝は、なんともなかった。 とも言いがたい。 朝練に間に合うためにいつも早く起きるし、ちょうど昨日はお母さんが遅番だったから朝ごはんも作らなきゃで更に早起きしないといけなかったのに、今朝はかなりギリギリの時間に起きてしまった。目覚まし時計はきちんと鳴ってたのに,何故か起きれなかったのよね。 今思えば、あれは体が休息を求めていたのかも。 そして大慌てで朝の準備をして、髪を梳かす間もなく学校へ直行。何とかいつも通りの時間に間に合い、女テニの部室を借りてジャージに着替える。 あ、ちなみにマネージャーの私のジャージは、レギュラージャージと同じデザインです。 そういえば、そのとき薫くんに「何かあったのか?」って聞かれたけど。 あれ、調子悪いの見抜いてたのかも。 練習が終わって授業が始まっても、なんかだるいなあ、なんて思ってたけど、それはクラブの疲れだと思ってたのよね。隣の薫くんもなんか気にしてたし。それでも何も言えないのが薫くんらしいけど。 言わない、じゃなくて、言えない、ってとこ注目。 お昼は委員会があったから薫くんとはお昼一緒に食べられなくて、それに乗じて食べる気がしなかったからお昼は抜いちゃったし。そんな感じで青学男テニの部活に出たら確かに倒れるわね。 なんて呑気に観察してる場合じゃないのよ。 「もう! ちゃんって、いっつも自分の体調管理できてないんだから! そのせいで試合で実力出せなかったこと、何度もあったでしょ!! いい加減に自己管理できるようになってよね! もう中学生なんだから!!!!!」 ちゃんは滅多に怒らないけど、怒るといつまでも続くのよ〜。熱で頭が朦朧としている身には辛いです。 「おばさまは? 今日お仕事?」 「家にいる・・・あ、だめ! 今日、夜勤明けだから、お母さん呼んじゃだめだからね。」 すると、ちゃんは更に怒る。 「だから!! そうやって人のことは気にすることができるんだから、自分のことも気にして頂戴! ちゃんが倒れたら、心配する人はいっぱいいるんだからね。海堂くんだって、気になって試合で勝てなくなっちゃうよ。」 「そ、そんなことないよ。薫くん、強いから、ちゃんと試合とその他を区別できるよ。」 「できてないよ。」 やっとちゃんはちょっとだけ笑って、保健室のドアを勢いよく開けた。そこには、突然ドアを開けられて驚いた顔をしている薫くんが立っていた。 「あ、」 「ほらね。ちゃんが寝込むと海堂くんはクラブなんかしてられなくなっちゃうんだから。海堂くんのためにも、ちゃんと体調管理しなきゃだめだよ?」 えー、と。 ちゃんはにこりと笑って、薫くんに「あとはよろしくね。」と言って(薫くんにこうやって話せる女の子って、青学広しと言えども、私とちゃんしかいないんだろうなあ)、振り返った。 「今日のマネージャー業は、私がやっておくから。でも、ちゃんほどうまくはできないから,明日は大変だよ?」 つまり、明日までに全快しろ、とのお言葉。 ばいばーい、と手を振って走ってくちゃんと入れ違いに、薫くんがやってくる。 「なんで、制服着てるの?」 「うるせえ。」 あ、 怒ってる。 「なんで、ここまで無理するんだよ。」 なんで、だろうね。 私は答えないでおいた。 だるくて答えられないのもあったけど。 「なにも、執着するもの、ないんじゃなかったのかよ。」 ああ、 私がこの同じ保健室で数ヶ月前に告白したときの言葉、覚えてくれてたんだ。 「わかんない、けど。」 薫くんは私を抱きかかえて、背中に乗せた。 「薫くんの役に立つには、やっぱりマネージャーが一番かな、って思って。だったら、これくらいでサボってられないよ。」 ちゃんが聞いたら、「39度の熱は“これくらい”じゃないわよ!」って怒りそうだけど。 薫くんは黙って自転車置き場まで私を担ぐ。取り出したのは、桃城くんの自転車。 「これ、」 「歩いて帰らせるわけにはいかねえだろ。家まで負ぶってけるけど、お前が嫌だろ?」 うん、確かにちょっと恥ずかしい。 だからって、犬猿の仲の桃城君から自転車を借りるなんて。 ああ、 「おい、ちゃんとつかまってろよ。放したら、洒落になんねえぞ。」 わざわざ荷台にタオルが巻きつけられてる。こういう気配りは、薫くんも桃城くんもできないから、大石先輩あたりが提案したのかな。じゃあ、レギュラーメンバーにも私の不調が伝わってるなあ。 明日は何か言われそう。 私は、目の前の薫くんの背中に抱きついた。 「うん、放さない。」 これが、実は凄い台詞だってこと、薫くんは気付いてるかな? 私の顔を見ないで頭を撫でられたから、気付いてるみたい。 あまり振動が伝わらないように、ゆっくりと自転車をこぐ薫くんに抱きついて、私はしみじみと思った。 ああ、私、愛されてるんだなあ。
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