雫
タツ兄さんや益田さん、青木さん達は、たぶん、同じ事件を追っている。 いや、同じではないのか。 いや、矢張り同じか。 私は今回、この事件について何も関わりを持っていない。 関わりを持ちたくなかったのだ。 益田さんの話を聞き、青木さんの話を聞き、そして秋彦兄さんと少し話をした。 「君は彼奴に近付かない方が良いだろう。」 ほとぼりが醒めるまでは、近付かない方が良いだろう。 そう告げた秋彦兄さんの言葉が耳から逃げないうちに、私は神田の榎木津ビルヂングに向かっていた。 そこにいたのは、探偵。 いや、今の彼は探偵ですらない。 只の、男だ。 「榎さん。」 安和さんの気配はない。 しんと静まり返った事務所内で、榎さんはソファに寝転んでいる。 何時もの、探偵用の椅子には座らない。 「榎さん、」 「なあ、ちゃん。海を見たくないか?」 そうして私が返事をする前に、榎さんは強引ではない強さで私の腕を引き、車を発進させた。 道中、私の榎さんも何も云わない。 只一言だけ、「本屋の所に行ったのか。」と呟き、後は終始無言で車を走らせる。 途中、突然車を停めて道行く男の人に怒鳴り付けた以外、特に何もせずに只車を走らせる。 磯の香りが迫ってきた。
タツ兄さん達と合流した後は、何が何だか良く判らない儘に事が起きる。タツ兄さんは珍しく良く喋り、良く動いた。きっと操に近いのだろう、と判断して、私は車の中にいるか、仮眠室で眠るかして過ごした。 事件の事は、朧げ乍にしか耳に入らない。きちんと聞こうと思えば頭の中に滑り込んでくるのだろうが、私は自分からそれを拒否した。 聞こえない。 聞かない。 そうしていると、事件についてのざわめきは私からは遠い所で起こっている出来事で、関わりのない事のように思える。 事実、関わりなんてないのだ。 私に、関わりなんて。 「ちゃん。」 黒衣の拝み屋は酷く悲しそうな顔をしている。 「起きてくれるかい?」 のそりと起き上がると、解れた三つ編みが視界の端に見えて、私はそれを緩慢に仕草で解いてから再び編み直した。 ゆっくりと。 時間をかけて。 その間、拝み屋は何も云わずに待っていた。 「榎木津の車に乗ってくれ。」 何故、と尋ねると、何時もは全ての問いに何かしらの答えを返してくれる拝み屋は、何も云わずに私の背を押す。私はそれに逆らわず、慌しい建物の中をゆっくりと歩く。 途中、タツ兄さんを見掛けた様な気もするけれど、お互いに目を合わせず言葉を掛けず、外に出る。 そして、車の中。 何も云わずに榎さんは車を出て、潮の匂いの中に降り立つ。 私はその潮の匂いから逃げるように、身を縮めた。 少しして、榎さんが戻ってきた。 少し不機嫌な様子で、けれども、また、此処に来た時と同じ様に無言で車を走らせる。 私は、榎さんに見えない様に、強く強く小指を噛んだ。 窓硝子に、小さな雫がぽたりと落ちた。
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