晴れ時々生日

 

 

 本日は晴天なり。

 しかし、竜堂終の心は冷え切っていた。

 さながら今の気温のように。

―――ちゃん! 俺、もうすぐ誕生日なんだけど!

 数日前、自分は意を決して担任教師にそう告げたのである。

 しかし、返ってきた言葉が。

―――ああ、竜堂先生の誕生日か。

 である。

 確かに、竜堂四兄弟は奇しくも全員同じく、一月十一日に生まれている。ことになっている。その日付に作為的なものを感じてはいるが、少なくとも戸籍上の登録はそうだし、自分たちもその日を自分の誕生日として認めてきた。

 閑話休題。

 認めているので、やはり周囲にも認めてもらい、その上でそれを祝ってほしい、と思うのは実に自然な気持ちである。

 と、竜堂家三男坊は主張する。

 なのに。

 なのになのになのに!

「よりによって、俺の誕生日だって言ってんのに!」

 担任教師は当日、竜堂家長男を祝うために、と言って当日竜堂家を訪れたのである。

「あら、さん、待ってたのよ。」

「悪いな、家族水入らずのところ。」

「なに言ってるのよ、さんはもう家族みたいなものだわ! それに、あと何年かしたら家族になるんじゃない!」

 茉莉の言葉には複雑そうな顔をしたが、なにやらどつぼにはまっているらしい三男坊は、二人の会話に気付かなかったようである。茉莉と共に玄関へを迎えに行っていた余は、二人の女性と一緒に居間に入り、なにやら消沈しているすぐ上の兄の顔を覗き込んだ。

「終兄さん? どうしたの?」

「弟よ、兄は今、果てしない絶望に身を浸しているのだ。」

「くだらないことを言っていないで、こちらで手伝いなさい。いくら誕生日とはいえ、茉莉ちゃんとさんの二人に全部準備を任せるつもりですか?」

 ささやかな誕生日の晩餐の支度をしているのは次兄である。紺色のエプロン姿のまま居間へ現れ、手伝いを放棄している年少組の首根っこを引っつかみ、問答無用で台所へ放り込む。

 そこには、慣れない手つきで包丁を扱う長兄と、二人の女性の姿があった。

「やっと現れたか、竜堂。さっさと手伝え。」

 同僚などよりよっぽど様になる包丁捌きを見せるは、にやりと笑ってみせる。そのいつもと変わらない姿に、終は腹をくくった。本来、学校の生徒と先生という立場では、こうして誕生日を自宅で一緒に祝えなかったのかもしれないのである。兄のオマケという状況は非常に気に食わないが、祝ってもらえるだけマシだと思うべきなのだ。

 くっそう、卒業したら覚えとけ。

 誰にともなく終は呟いた。

 大人しく茉莉から皿を受け取った終に満足そうに頷いたは、しかし次の瞬間、あ、と声を上げた。

「しまった。」

「どうした、?」

「あ、いやな、家に忘れ物をしてきた。」

「珍しいな、がなにかを忘れるなんて。」

 渋面を浮かべるに、始は心底意外そうに言う。この大学からの友人は、なにごとも几帳面にこなさないと気がすまない性質で、彼女がなにか失敗するようなところは見たことがなかったのだ。

「出掛けに慌てていたんでな。ちょっと取りに帰ってくる。竜堂、ちょっと手伝ってくれ。」

「へ? 俺?」

「ああ。ちょっとかさばるんでな。手を借りたい。」

 包丁を置き、エプロンで手を拭きながらは台所の外へ向かう。

「ちょっと三男坊を借りるぞ。」

「どうぞ、遠慮なく。」

 答えたのは次男坊である。長男坊はそのとき、隣の末弟が鍋を吹きこぼしていたことに慌てて返事が出来ないでいた。

 当の三男坊は首を傾げ、けれどもすぐさま持っていた皿をテーブルに置き、出かける準備をする。といっても、ジャケットを羽織るくらいである。すぐに玄関で待っていたに合流し、一緒に寒空の下歩き出す。

 外は冬晴れの美しい天気である。

 なのに、やはり、心は寒い。

 ちらり、と隣の教師を見てみる。まだ少し、彼女の方が背は高い。

 けれども、竜堂家の傾向としては、高校卒業辺りからぐんぐんと大きくなるのである。すぐにこの背は追いこせるはずである。

 その頃には。

 ふと、目が合う。

 友達の弟の誕生日、ではなく、自分の誕生日を、祝ってくれないだろうか。

「さて、ここまで来ればいいか。」

「は?」

 は辺りを見回し、ふう、と溜め息を吐く。

「いや、さすがに生徒の誕生日を個人的に祝うわけにもいかないしなあ。でも、やっぱりその他大勢、四人まとめて祝われるのは嫌だろ?」

 は立ち止まり、不可解そうな顔をしている終に笑って見せる。

「誕生日おめでとう、終。」

 に倣って立ち止まっていた終は、目を見張る。

「まだ、今はなにもあげられないけれど、あんたが卒業したら、三年分、きっちり祝ってやるよ。」

 ふふふ、と笑って歩き出したの背中を、終は呆然として見送っていた。