「何を考えているんですか!?」

 何考えてるんだ!?

 と云わないあたり、私はまだ冷静だったらしい。

 私に怒鳴られておたおたしている益田さんを無視して、私は神田の榎木津ビルヂングを飛び出した。向かうところは他にない。中野の眩暈坂の上にある、

 

古本屋京極堂

 

「秋彦兄さん!」

 鍵が開いていたのでこれ幸いとばかりに私は主の応(いら)えも待たずに玄関を開け、居間へ駆け込んだ。

「タツ兄さんがエノさんのお供をしてるって本当!?」

 嗚呼、駄目だ。

 私は、本当に昔から成長しない。

 タツ兄さんタツ兄さんと、

 物心ついた頃から彼だけを見ている。

 かけがえのない人ができても、

 最初に想うのは、あの傷だらけの瑕だらけの親戚のことだけ。

「どうしたんだね、ちゃん。礼儀を丸きり無視だなんて、君らしくないじゃないか。」

 しかも今日は客が二人もいると云うのに、全く以って君らしくない。

 秋彦兄さんは、何時もの如く和綴じの本を卓の上に開き、何時もの如く渋い顔をしていた。

 客?

 はたと気付いて見回すと、卓には私を呆気にとられた表情で見つめる殿方が二人着いていた。

「あ、」

 途端、私は赤面して、一体どう返答しようか悩み、

 何時もの失語症に陥った。

 特に今は、先程タツ兄さんに同調してしまったばかりだから、ちょっとやそっとでは、元には戻らない。

「まあ、座りなさい、ちゃん。大河内君、伊庭さん、彼女は先程云っていた関口君の姪で僕の友人である関口さん。ちゃん、こちらは大河内君と伊庭さんだ。大河内君は、前から話していたからわかるだろう? 伊庭さんは、以前ある事件で知り合った元刑事さんだ。ちゃん、ご挨拶なさい。」

 ぺたんと指定席である縁側寄りの畳に座り込み、私は手をついて頭を下げた。本来ここで名前を云って挨拶をするのだろうけれども、今はそんなことはできない。どうせ、もごもごとした不明瞭な吐息になってしまうのだ。それならば、精精内気な少女のふりをして、何も云わずに頭を下げていればよいのだ。今の日本でも、何も云わずに頭だけを下げる女性は少なくない。むしろ、それが普通なのだろう。

 そんなことを云ったら、葵さんが再び激昂するのだろうけれども。

「ふむ、どうやら、探偵と小説家の現状を少しはわかっているようだね。」

 少しではなく、一応益田さんが知る事情は全て聞いてきた。

 そう答えたいのだが、喉が渇いて声が出ない。必死に唾を飲み込むのだが、それでも声は滑らかに出てこない。恐らく、大河内さんと伊庭さんと云う方々の視線が喉を灼いているのだ。

「いや、益田君は全て白状した、と云っていたか。何、先程、似たような用件で益田君に電話をしたのだよ。そこで君のことを云っていた。間もなくここに来るだろうこともね。」

 なら、

 秋彦兄さんは知っているはずだ。

「ああ、関口君は本当に探偵と一緒みたいだな。こうなるとわかっていれば、無理矢理にでもついていくんだったな。今の関口君では、少々無理がある。」

 そこで、

「僕は由良伯爵邸にこちらの伊庭さんと行くつもりなのだが、君はどうする?」

 










反省会
 姪っ子、なんか、エノさんに対する評価が手厳しくないか? しかも関口贔屓かよ。

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