そして俺たちはせになった

 

 

「あ?」

 つい、間の抜けた声で返事をしてしまった。

 たまに泊まることのある終のために、棚には終専用の引き出しがある。そこから引っ張り出してきたらしいジャージに着替えていた終は先程ののようにがしがしと髪を拭きながら口をへの字に曲げた。

「髪。折角綺麗なのに、あんまりがしがししない方がいいと思うけど。」

 はそれに返事をせず、空になったビールの缶を流しにおいて終の口をつまむ。うぐ、と唸り声が返ってきたことに満足して、手を放して終の持っていたタオルをひったくる。

ちゃん?」

 台所から居間に戻るの背中に問いかける終の声は、どことなく頼りなく、どことなく情けない。

「おいで。髪拭いてやるから。」

「・・・その子供扱い、やめてくんない?」

 言いながらもベッドにより抱えるように胡坐をかいたに背中を向けて座る終の頭をタオルで包んでやりながら、千歳はううーん、と唸った。

「子供扱い、しているか?」

「・・・自覚ないわけ?」

「ないが?」

「ううー・・・そりゃね、俺がコウコウセイの頃は仕方ないだろうけどさっ。一応、卒業したんですケド。」

 わしゃわしゃと丁寧に髪の水気を拭く。こういう行為を子供扱いと言っているのだろうか。けれども、触りたいなあだとか世話を焼きたいなあだとか、そういう感情が自然に出てきてしまうのだから仕方ないじゃないか。

 そのようなことを答えたいのだが、どう言葉にすればいいかわからず、はしばし逡巡して、持ったタオルごと終の首に腕を回した。

「うわっ、って、ちゃん!?」

「子供扱い、ねえ。」

 真面目に考えてみる。

「そのつもりは、ないんだよ。」

 振り向いているつもりなのだろうが、タオルで覆っているのでには見えない。見えなくて良かったかもしれない、とは顔に出さず安堵する。

「あのなあ、お前はすぐに子供だの大人だのって言うけどなあ。私だって大人ってわけじゃないんだぞ。」

ちゃん? 酔ってる?」

「だからなあ、ついこの間まで自分の生徒だった奴に、好きですなんて言われて、その言葉ずっと待っていたけど、応えられるようになって嬉しいけど、」

ちゃん!」

 ばさり、とタオルを引き抜いて、終が振り向く。終の背中に寄りかかっていたは、そのまま前のめりに倒れそうになり、慌てて終がそれを支える。

ちゃん、その、」

「私だって、困ってるんだからな。」

「俺もものすごーく困ってるんだけど。」

 成り行きとはいえ、を抱きしめるような形になってしまい、割れやすいものを抱えるようなぎこちない姿勢になった終は視線を泳がせる。

「ねえ、ちゃん、酔ってるでしょ?」

 ビール一本くらいで誰が酔うか、と答えようとしたが、はたと考えてみると、年度末でばたばたして疲れていた上に、風呂上りで血の巡りがよくなっていたところにアルコールを流し込めば、常よりも酔いやすくなるのも仕方ないかもしれない、と思い直す。

 けれども、酔っていると素直に認めるのも癪だし、けれども酔っていない、と主張するのもいかにも酔っ払いの行動らしくてなんとなくプライドが許さない。どうしたものか、と考えていると、を支える腕の力が強くなった。

「あ、あのさ、千歳ちゃん。」

「なんだ?」

「俺、言い忘れていたことがあったんだけど。」

「いつ?」

「卒業式。ってーか、今思い出したんだけど、それ言いたくて今日会いにきたんだよね。」

 ふぅん、と気のなさそうな返事をしてやると、恐る恐る、といった態で「聞いてくれる?」と耳元で声が聞こえた。

 耳元の口があるのはなんの意図もないんだろうなあ、と思う。そういった素直さというか衒いのなさというか、そういうところが好ましい。

「聞いてやってもいい。」

「ありがと。んじゃ、ちょっとごめん。」

 ええーと、などと言いながらそっとを抱え直す。は素直にその誘導に従って、終の肩に顎を預ける。先程想像した「恋人たちの甘い一夜」とやらに近づいていることには気付いていたが、目を瞑ることにする。

ちゃん、俺、ちゃんのことが好きです。付き合って下さい。」

 さて、決定打を放たれた。

 それを受け止めるか打ち返すかは自分自身が決めることで。

 卒業式よりも幾分か緊張して、そんな自分に苦笑して、は目を閉じた。

「喜んで。」

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