そして俺たちは幸せになった
And they lived happily ever after. そして彼らは幸せに暮らしましたとさ。 物語はこの言葉で締めくくられる。読者にとって物語はここで終わり。 けれど、登場人物たちにとっては、ここからが始まりなのである。
三月というのは酷く曖昧な月である。 特につい先日卒業式を終えた身にとっては。 入学式を終えていないから当然大学生ではない。けれども、高校自体は卒業してしまったのだから、高校生と言うのも酷く妙な気分である。 宙ぶらりんな状態に放り出された竜堂家の三男坊は、いつになくぼんやりとして居間のソファに座っていた。台所では有閑大学生の次兄が賛辞のお茶の用意をしている。 「卒業旅行に行くとか、車の免許を取るとか、することはあるでしょうに。」 盆に二人分の湯呑みと茶請けを載せて現れた兄を見上げる。 「貧乏神様のご加護が強くてさ。」 要は資金不足ということだ。 「なら、それこそあるバイトでもしてみてはどうですか?」 「この俺の力を存分に発揮できるバイトが少ないだよなあ。」 三男坊の戯言に、次男坊は大仰な溜め息を吐いて見せた。茶請けの大福で白い指を更に白くし、気の抜けて寝転ぶ弟に一番効果のある言葉を言ってのける。 「さんに会いに行ってみてはいかがですか?」 途端、すがるような視線と共に「続お兄さまぁ」という気色の悪い声が終の口から漏れた。 「やっぱ、そう思うよなあ?」 好きで好きで仕方がなかった兄の友人が、やっと担任教師でなくなった卒業式。生徒だから先生だからという理由で軽くあしらわれていた言葉をやっとの思いで告げると、彼女は珍しく笑って答えてくれたのだ。 ―――私も、お前が好きだよ、終。 だがしかし。 「これって、別に恋人とかお付き合いとか、」 「なにも進展していませんね。」 単に気持ちをぶつけて答えられただけである。 それでもそのときは、これでやっとなにかが変わると舞い上がったのだが。 帰ってからよくよく考えてみると、で、それでこれからどうなると? と首を捻ってしまうのである。 「ああ! 好きです付き合ってください! にしとくんだった!」 「迂闊ですねえ。」 実の兄に斬って捨てられた終は頭を抱えてソファに沈む。 普段の続であれば弟がへこたれようと教育によくないからと手は出さないのだが、かれこれ五年以上片思いをしていることが哀れになったのか、当たり障りない助言をすることにしたらしい。食い、と静かに湯呑みを傾けて口を湿らし、なにやらぶつぶつと呟く終の頭を突付いた。 「なら尚のこと、会いに行ってはどうです?」 「俺は卒業したけど、ちゃんまだ学校だもん。」 三年生の担任とはいえ、常勤の教師が学校を休むわけがない。同じく教員である長兄がいるので、その点は詳しい。 「この時期、三年の担任をしていたさんはあまり忙しくないでしょう。」 「あ、ああ、まあ。」 部活の顧問の仕事と、あとは来年度の用意くらいか。 「なら、お仕事が終わる頃に迎えにいって、ついでにどこかでお茶なりお夕飯なりに誘えばいいでしょう。」 ピン、と顔を上げた終の額をはじき、続は苦笑した。 「・・・迷惑じゃないかなあ。」 「迷惑なら身をひく気はあるんですか?」 「ない。」 「なら、」 にやり、と続は口元を歪めた。 「迷惑と思わせなければいいんですよ。」 あっさりと言い放った兄の秀麗な顔を見て、さんは大変だなあ、と終は内心呟いた。 |