空を飛ぶ夢を見ていたのは小学生の頃まで。

 それでも長い方だと自分では思っていた。

 中学生からは、夢見がちな本を読んではいたけれど、それを隠して隠して、現実を生きていた。

 高校生になって、大学生になって、仕事を始めて。

 人生面白おかしく、刹那的に生きてはいるけれども。

 ここまで刹那的のつもりは、なかったんだけれどな。

 薄れ行く意識の中で、はちらり、とそう思った。

 

 

 珍しく間の抜けた顔をして、がゆっくり落ちていくのを、終は崩れた体勢のまま見ていた。

 なにが起こっているかに気付いたのは、の姿が扉からすっかり消えてからだった。

ちゃん!」

 呆気にとられる大人たちを掻き分け、終は躊躇いなく輸送機の外に身を躍らせた。

 途端に、濡れた冷たい空気が身を包む。

 空気の抵抗がない方が早く追いつくと、なるべくぴったりと両手を体にくっつける。

 風圧で目が閉じてしまいそうになるのを、必死にこじ開ける。

 が、見つからない。

 濡れた服が体に張り付く。

 ああ、早く見つけないと。

―――ちゃん!

 小さな点が見える。終の視力を持ってしても点にしか見えないそれは、どんどん近付いてきて、人の影だとわかる。

 両手を差し伸べる。目を閉じた、無機質な顔に、手が触れる。

 すぐに体入れ替えて、抱きしめる。意識はない。ぎゅっ、と腕に力を入れて、胸に耳を当てる。

―――生きてる。

 ほ、と息を吐く。

「スカイダイビングって、晴れた日にやるもんだよなあ。」

 小さく呟く。

 の返事はない。

ちゃん。」

 いつもなら、すぐに「先生と呼べ。」と返ってくるはずなのに。

 返事が、ない。

 いつもいつも、自分がなにかしているときには、必ず見ていてくれたのに。

 なにか言うと、必ず返事をくれたのに。

「ねえ、ちゃん。」

 そろそろ苦しい。

 どうすれば、いいのだろう。

 このまま、自分だけならば、なんとか助かる自信はある。

 この、体の奥から突き上げてくる、わけのわからない力に身を任せ、竜になってしまえばいいのだ。

 けれど、そうしたら、はどうなるのか。

 以前変身したとき、自分には全く意識がなかった。

 今回は大丈夫、という保障はない。むしろ、今回も意識なんてなくなってしまうに違いない。

 そんな状況で、を守れるのか。

 そうだ、自分はを守りたいのだ。

 なくしたくない。

 うしないたくない。

 なぜかは自分でもわからない。

 けれども、だけは、なんとしても守りたかったのだ。

 

 

 輸送機内に残された茉莉たちは、目の前の光景に硬直する。

 竜になる、とは聞いていた。

 そのときは、なんでもないことだと笑い飛ばしたのだが。

 改めて目の前で起こることに、茉莉は慌てる。

 慌てて、すぐに持ち直す。

 あれが自分の従兄弟たちなら、自分たちには危害を加えない。加えないどころか、状況を好転させようとしてくれるに違いない。

 そこで、ハタと気付く。

さんは!?」

「え?」

 三人組の中で反応したのは蜃海だった。

さんは? あれが続さんたちなら、さんを助けたに違いないのに。」

 輸送機を支えようと動く竜たちにばかり目を取られていたが、がここから落ちてしまったのだ。そしてそれを助けようと終が飛び降り、それに続いて次兄と末弟が飛び降りた。

さんなら、大丈夫、だと思うんだが。」

 根拠はないが、と蜃海が前置きする。

「そのために、あの三男坊は落ちたんだろ? なら、無事じゃないはずがない。」

 ああ、そうかと茉莉は納得する。

 彼らは、竜堂兄弟なのだ。

 なら、は無事なはずだ。

 茉莉は少し笑った。

「そうですね。じゃあ、このまま、続さんたちに私たちの道を、委ねましょう。」

 あの従兄弟たちは、自分の不利益になることはしたことがないのだ。

 なら、今は。

 とにかく彼らを信頼して、事態が動くのを待つしかない。

 それしか、ないのだ。

 

 

 空を飛ぶ夢を見ていたのは小学生の頃まで。

 それでも長い方だと自分では思っていた。

 中学生からは、夢見がちな本を読んではいたけれど、それを隠して隠して、現実を生きていた。

 高校生になって、大学生になって、仕事を始めて。

 人生面白おかしく、刹那的に生きてはいるけれども。

 ここまで刹那的のつもりは、なかったんだけれどな。

 薄れ行く意識の中で、はちらり、とそう思った。

 ほどよい体温に包まれて、はちらり、とそう思った。

 

 

 




反省会
 先生は無事です。

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