避行

 

 

 熱帯夜のせいで寝る気がしなくて、私は着替えて真夏の夜の散歩と洒落込むことにした。夏休みなので明日は授業がないから、好きなだけ夜更かしができる。それはホント助かる。新しいゲームも買ってしまったし。

 それはいいとして。

 ひょこひょことあてもなく歩く。こんな夜中でも起きている人はたくさんいて、バックパックを背負った人たちが集団で駅にいたりする。そうか、旅行か。私も友達と行こうかな。

 自分が孤独だと実感できるような、喧騒に囲まれた瞬間が好きなので、私は自然に人だかりの方へと歩いていく。うろうろとしたりバスを乗り継いだり電車を乗り継いだりしているうちに、上野駅まで出てしまった。こういった放浪はよくあることなので、私は気にしないで、とりあえず帰るだけのお金はあるなと財布を確認する。

 夜の上野博物館もまあ悪くないとぶらぶらして、ついでだからと駅の地下を意味もなく徘徊する。すると、視界の端に見覚えのある少年が映った。

「竜堂!」

 とても人間とは思えないスピードで走り回る少年が立ち止まり、私を見た。思った通り、最近とみにかっこよさを増している竜堂終だった。私の生徒で、少し前まで同僚だった男の弟である。

「こんな時間にこんなところでなにしているんだ?家長にどやされるぞ?」

 冗談交じりにそう言うと、竜堂は慌てて両手を振った。

ちゃん!駄目だ、来ちゃ駄目!」

「先生と呼べ、先生と。いくら夏休みだからって、私がお前の先生であることには変わりない。」

 竜堂の台詞の後半部を無視して近付くと、竜堂の後ろから人だかりが・・・

「竜堂、お前、なにかしたか?」

「今日はまだなにも。」

 なんだ、それ。今日が始まってからまだ四時間くらいしか経ってないから、信用ならんじゃないか。

「じゃあ、追われているように見えるのは気のせいなのか?」

「だから来るなって言ったろ!」

 叫ぶやいなや、竜堂は私の腕をつかんで走り出した。

 こら待て!

「おい、竜堂!私はお前たち化け物兄弟と違って普通の体力しか、」

 何度も転びそうになりながら言うと、竜堂は舌打ちをして私を横抱きにして抱えた。

「こんな公衆の面前で、なんとも大胆なアプローチだな。」

「・・・余裕だね、ちゃん。」

「だから先生と呼べと言っているだろうが。お前の兄はどういう教育をしているんだ。」

ちゃんはちゃんだろ!?なんでちゃんって呼んじゃいけないんだよ!俺にとってちゃんはちゃんで、ああ、わけわかんなくなってきた!!」

「無意識の告白はいいから、なんとかして私を危険な目に遭わすな。怪我したら、竜堂続に言いつけてやる。」

「鬼!悪魔!」

「告げ口決定。」

 かなりのスピードなので喋りにくいことこの上ない。なら喋らなければいいんだろうけれど、さすがの私もこんな姿勢だとつい緊張するんだ悪いか。

「追え!だが、傷付けてはならんぞ!奴らの肌に傷をつけてよいのはわしだけじゃ!」

 追っ手の大将らしいのが、叫んでいるのが見えた。

「・・・竜堂、あそこでなにやら怪しげな叫びを放っているのはなんだ?」

「マッドサイエンティスト。」

 下りエスカレータを勢いよく上りながら竜堂は答える。

「追われているのは?」

「俺たち兄弟!」

「・・・なんともまあ、エキセントリックな夏休みで羨ましいよ。」

「あ、ちゃんだ!」

「やあ、竜堂余。夏休みだからってすぐ上の兄のように遊び呆けてはいないだろうな?」

「ちゃんと復習してるよ。」

ちゃん!そんな、俺が勉強全くしていないかのような、」

「しているのか?」

「・・・してないけどさ。」

 途中合流した竜堂余と交互にエスカレータのベルトからベルトへと飛び移り、追っ手を混乱させる。かなり何度もひやりとさせられたが、さすがに化け物兄弟の竜堂は私を一度も落とすことなく、身軽に追っ手の手をかいくぐっていく。

 エスカレータの最上部までたどり着くと、へろへろになった追っ手を足で軽く蹴る。面白いように追っ手はドミノ倒しの如く下まで崩れていく。

「哀れを誘うな。」

「助けろ、なんて言わないよな?」

「基本的に私がしたくないことは人にはさせないことにしている。」

「じゃあ、宿題とかテストとか、」

「基本的に、と言っただろうが。」

 ムダ口を叩くうちに、私たち三人は竜堂家の年長組+αと合流した。

「兄貴!」

「終、余、無事か・・・?」

「やあ、竜堂始。久しいな。」

 竜堂に抱えられたまま手を上げると、竜堂始は困惑したようだった。

「いやあ、そこで偶然会ってな。変な集団に間違って追われそうになった私を、竜堂が救ってくれたんだよ。」

 まあ、間違ってはないかな、この説明は。

 簡単に説明すると、竜堂は勢いよく首を縦に振った。「救ってくれた」という部分が大事らしい。

「まあ、なんか事情はよくわからんが、追われているんだろう?こんなところでうろうろしていないで場所を変えよう。道は戦車とかさっきの追っ手の仲間がうるさいだろうから、線路なんてどうだ?みんなで『スタンド・バイ・ミー』ごっこだ。」

「ついてくる気か?」

「なあに。私の夜の気ままな散歩道が、たまたま竜堂四兄弟と鳥羽女史の逃避経路と重なっているだけだよ。」

 いけしゃあしゃあと言ってみせると、竜堂始は諦めたような顔をした。竜堂続はその隣で苦笑し、女史は小さく吹き出した。

「さて、行くぞ皆の衆。」

「「「「いえっさー。」」」」

 苦労性で常識人らしい竜堂家の家長以外が、竜堂の腕から解放された私の声に賛同した。

 

 




反省会
 え、先生、ついてくの!?

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