夢話

 

 

 

 

 窓を取り囲むように庭に立つ男たちは、網戸を乱暴に開けて竜堂家の居間に侵入した。

「ちょっと、土足で上がらないで頂戴!」

 竜堂家の家事を一手に引き受ける茉莉は、翌日の掃除の手間を頭の片隅に入れながら叫んだ。彼女の叫びを聞いた男たちは、の恐怖に満ちた顔を見た男たちと同じような表情を浮かべた。

「殺しはしないさ。殺さずに生かしてつれてこい、って言われているんでな。けど、抵抗したら・・・へへ、わかってるよな?」

 リーダー格と思しき男が手の中のチェーンを楽しそうにくるくると回しながら下卑た笑いを浮かべる。始以外の竜堂家は即座に立ち上がり、茉莉たちを背中に庇うように並んだ。

 始だけが、面倒くさそうに男たちに軽く視線を流した。

「人の家に土足で上がりこんでおいて、言うことはそれだけか?」

「少なくとも、私は玄関からきちんと案内を請うて上がってきましたよ。それだけでも、少しは信じてもらえるかな。」

「ええ、信じましょう。自分たち自体、信じられないような事実を持っているんです。これ以上、信じられないことが出てきてもどうってことないですよ。」

 は霧生の腕にしがみついた。先程の恐怖を思い出したのだろう。

 こんなか弱い少女を、なんで自分は簡単に疑えたのだろう。

 小さく震えるを視界の端に収め、続は自己嫌悪に陥った。

 理由は、たぶんわかっている。

 信じていた人間に、簡単に裏切られた気がしたのだ。

 いや、裏切られた、と感じたということは、信じていた、好意を持っていたということだ。会って数日も経たない、血も繋がっていない少女に、無条件で好意を持っていたことに気付いて苛立ったのだ。

 そしてなによりも、自分ではなく、彼女が「紅竜王さま」を見ていたことに腹が立った。

 それを、裏切り者に対する怒りとすり替えた。

 そんな、誤魔化しをする自分にも腹が立つ。

「いらっしゃい。僕は今、虫の居所が非常に悪いのです。容赦はしませんよ。」

 誤魔化しなんて、認めない。

 竜堂続は、なにが起ころうとも自分を肯定する人間であるべきなのだ。

 好きだ、と気付いたのなら。

 ならば、

 

 

 数秒後、百人弱はいた男たちは全員竜堂家の庭に伸びていた。普段なら竜堂家の下三人によって数秒でなされるところを、次男坊だけで同じ秒数で男たちを処理してしまったのである。

「続兄貴、マジでなんか怒ってねえか?」

「そうだね。いつもよりすっごく強いね。」

 年少組が影で噂していることを歯牙にもかけず、続は優美にソファに腰掛けた。

「続さん、はい、お茶。終くんと余くんも、はい。」

 続さんに全部持っていかれたけど、どうぞ。

 新しく麦茶を注ぎ直したグラスを茉莉はテーブルに置く。

「始兄貴、庭にいるおっさんたち、どうする?」

「物置にナイロンの紐があっただろ。それでまとめて、交番にでも届けて来い。」

「「はーい。」」

 麦茶を一口で飲み干した年少組は長兄の指示を実行するために音も立てずに居間から走り去った。

「予想以上に強いですね、竜種って。」

 一人、場違いにのんびりとした声では感心する。隣の娘の背中を撫でることは忘れない。二度目ということや、隣に父親がいることが作用してか、先程ほどは怯えていない。それでも全く怖がっていないわけではないようだったので、続はが落ち着くのを待った。

 待って、頭を下げた。

「すみませんでした。」

 途端、顔には出さなかったとはいえ、始と茉莉は過剰に驚いた。

 あの竜堂続である。

 あの竜堂続である。

 それだけで、彼が家族以外に謝ることがいかに稀かということが説明できるくらい、意外な出来事だったのである。

 はきょとんと首を傾げた。

「え?」

「誤解とはいえ、脅すようなことをして、申し訳ありませんでした。」

 完全に無表情のままであるが、それが最大限の譲歩であることを始も茉莉も知っている。しかし、がわかるとは限らない。二人はハラハラしながらを見た。

 は、数秒首を傾げ、父親に目線を向け、次いで続を見た。

「いえ、だって、私だって、もし私が自分のこと亀だってこと知ってて、突然人に『君、亀でしょう?』って言われたらびっくりしますから、大丈夫です、気にしてないです。私こそ、今日は先輩にお礼をする日だったのに、なんか、ぜんぜんお礼できなくて、すみません。」

 あれは「びっくりし」たわけじゃない。

 茉莉も始もそう思ったが、本人たちのために黙っていることにした。

 頭を下げた続は数秒考え込むような姿勢を見せたが、すぐに笑った。

「では、お礼のやり直しということで、今度、僕とデートしていただけますか?」

「はい!?」

 は思わずソファに座ったまま飛び上がった。

「前世の因縁に関わらず、僕はさんのことが好きなようですから。だから、よろしければデートしていただければ嬉しいのですが。」

 突然の展開についていけず、は思わず父親を見上げた。

「朔良の娘だからね、やっぱりモテるなあ。」

 相好を崩しての母親、朔良のことを回想している父親にはなにを言っても聞かない。

 それを知っているは、慌てて始と茉莉に慌てた視線を向けた。

 始は弟の突然の告白に全くついていけず、硬直している。

 そして茉莉はというと、

「頑固なのは竜堂家の家風みたいだから、こうなったら梃子でも動かないわよ。」

 と、懸命なる助言を与えてくれたのである。

 

 

 

 

反省会
  そーゆーオチかいΣ(ー□ー);
  続兄さんは簡単には人を信用しないような気がします。三巻で水池さんと合流したときも、最初はかなり疑って胡散臭そうな感じでしたし。けれど、時間が経つにつれて、信用できるかな、というくらいになればある程度は信用するんだと思います。それでも、家族とその人を比べたら家族をあっさりとってしまうレベルなんだろうけれど。
  続兄さんって、なにかとちやほやされたり、その逆で敬遠されたりと、なかなかに人間不信になりそうな環境の下で成長したような気がするんです。だから、自分を普通に扱う家族だけが大切、むしろ大切すぎる、っていう捩れた性格になってしまったのかと。それなのに主人公のことはいつの間にか本当に信じていた、っていうのが驚きなわけです。
  なんて、真面目に考えてみたり。

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