亀姫夢話
男が頼むままに茉莉が男を居間へ連れて行くと、続に首を掴まれていたは突然大声を上げた。 「お父さん!」 「やあ。やっぱり、変な方の地雷を踏んだみたいだね。」 端正な顔立ちの男は、苦笑しながらの方へ歩み寄った。 「竜堂続くん、かな。はただなにも知らずに地雷を踏んだだけなんだ。放してくれないか?」 続は不審そうに男を見上げ、次いで家長に判断を仰ぐように始を見た。 「ああ、ごめん。自分から名乗らないのはやはり非礼だね。私はこのの父親です。初めまして。そちらは竜堂先生ですね? 娘がお世話になっております。」 の父親と名乗った男は丁寧に頭を下げた。慇懃ではあるが、無礼ではない。礼儀を守る人間には礼儀で以って返すことを旨とする竜堂家の家長は会釈を返した。 「初めまして。竜堂始です。さん、あなたがの父親だということは信じるとして、では、がなぜ俺たちの、その、正体を知っているかのような発言をしたかは、説明してもらえるのでしょうか。」 礼儀正しい年長者に対する礼儀を守って尋ねると、は「まず、の首から手を放してもらえるだろうか。」と笑った。 「私も人の親だからね。娘は大事なんだ。」 続は顔をしかめたまま始を見上げ、始は頷いた。不審そうな顔は変えないまま、から手を放した。 「ありがとう。さて。招かれざる客だということは知っているけれど、床にでもいいから座っていいかな? そう短くもない話なんだけど。」 「ああ、すみません。お構いもしないで。」 茉莉は立ち上がってキッチンに走り、始はをの隣に座らせた。その向かいと横のソファに年長組、年少組がそれぞれ腰掛ける。人数分の麦茶を入れたグラスを茉莉がテーブルに置き、年少組の向かいのソファに座る。 「まず、はまったくなにも知らないから、前提事項の確認をさせてもらうね。、の目の前にいる男性四人は、実は竜王さまの生まれ変わりなんだ。」 に微笑みながらなにごともないかのようには述べる。竜堂家と茉莉はその事実を他者からさらりと述べられたことに、は全く述べられたことが理解できずに言葉を飲んだ。 「え、と・・・・・・?」 「さん、あなたは一体、」 「竜堂先生、が言ったと思いますが、私の妻の旧姓、彼女の祖母の苗字は亀崎と言います。四海竜王の傘下には蛟虹蜃の三将軍の他、亀という宰相がいます。竜堂家が四海竜王の転生した姿をこの世に存在させるための家系だったことと同じく、彼女の亀崎の家系はその亀宰相をこの世に転生させるための家系だったのです。少なくとも、あなた方のお祖父さん、竜堂司先生がの祖母に言った、とうちの妻は言ってました。」 始は片眉を上げた。唐突に突きつけられた事実に一体どう対応すれば悩んだのである。 「まあ、だからと言って、君たちのように人より少し強かったり運動神経がよかったり、怪我をせずに肌が鱗化するということはないんだけれど。なんといっても、亀だからねえ。」 「お、お父さん、それ、ど、どういう・・・。」 まず目の前の四兄弟が竜王の転生した姿であることから受け入れがたいは、恐る恐る父親に尋ねた。 「竜堂先生たちは、心当たりがあるんじゃないかな。、昔からよく、京劇のような夢を見るだろう? あれは、実はの前世の記憶、なんだと思うんだ。」 「さんも見るの?」 余が身を乗り出す。竜堂四兄弟が四海竜王の転生した姿であることは竜堂家も認める事実ではあるが、過去の夢を見るのは余だけなのである。同じ体験をする人間がいるのかと、余は勢い込んで尋ねた。 「も、って?」 「僕も、よく夢を見るんだ。京劇で見るような服を着た、僕たちの夢。」 「・・・・・・あ、」 は目を見開いた。 ―――季卿の『季』は『末』という意味があるから、末子を呼ぶ。竜王は四人兄弟で、その一番下は黒竜王。 「黒竜王、さま?」 「嘘、マジか?」 ―――叔卿の『叔』は、『若い』という意味だ。紅竜王が『季』と呼ばない竜王なら、あとは白竜王しか残っていない。 「白竜王さま。」 大げさに驚愕の表情をしてみせる終にが呟く。それからゆっくりと始の顔を見る。 ―――大哥は、中国語で『一番上のお兄さん』という意味がある。 一番上の兄は、青竜王だ。 「青竜王さま。」 「こいつはどうやら、本当に悪魔がかってきたようだ。」 始は大きな溜息を吐き、の顔を正面から見据えた。 「どうやら、事実と認めるしかないみたいですね。」 「まあ、だからどうというわけでもないんですけどね。竜種のように、肉体が強化されているわけでもないから、をどうにかしても、得があるわけではない 「けれどね、思うんです。この時代に、あなた方がいる時代にが亀宰相として生まれてきたことに、なにか意味があると。もちろん、の人生はのものです。あなた方の人生も、竜王なんていう、時代錯誤のもののためにあるんじゃない、あなたたちのためにある。けれど、やはりこれは事実ではあるし、わざわざ神話時代のものたちが転生してきたのには、きっとなにか意味があると思うんです。そして、それをいくら関係ないと突っぱねようと、それはついて回る。それは、仕方のないことなんです。」 ほら、とは窓を指差した。それにつられて全員窓の外を見ると、そこには黒っぽい服をまとった男の集団があった。 「けれども、その意味があることを知った上で、乗り越えていくことにも、また意味があると思うんですよね。」
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