亀姫夢話
祖父の書斎で探し物をしていいかと続くが尋ねたのは、竜堂四兄弟の従姉妹の茉莉による夕食が終わり、年少組が片付けを手伝い始めたときだった。 「探し物?」 「ええ。今日会った彼女、さんというんですけれど、どうやらおばあさまがおじいさんのお知り合いだったそうなんです。更に、母親がおじいさんの元教え子だったそうで。二人とも、物心つく前に亡くなったそうなので、もしなにか知っていたら教えてくれないか、と言われたんです。」 「の母親とおばあさんがか・・・。名前はわかっているのか?」 「お母さんの旧姓が亀崎で、おばあさまがおじいさんに会ったのが結婚したあとだと言っていましたから、亀崎で探せばいいと思います。お母さんは亀崎朔良、おばあさまの名前はわからないそうです。」 この話を切り出されたときは多少驚いた。目の前の少女は、初対面の相手に聞くことではないのだが、と言っていたのだが、過去を知りたいという彼女の要望は理解することができる。 共感することは、あまりできないが。 結局、自分の干渉していない過去がどうであろうと、今ある自分とこれからの自分を見ればいいわけなのだから、そこまで続は過去の探索にのめりこめないのだ。それは兄の始も同じことで、必要に迫られているから過去の文献に当たっているだけで、必要がなければ、興味は惹かれるが差し迫って調べなければならないことだとは思っていない。 それでも、自分の父親以外の親族を知らないと言う彼女の手伝いをすることを厭うほど、続も冷酷ではない。 「いいんじゃないか?俺も手伝おうか?」 「いいえ、兄さんの手を煩わせるまでもありませんよ。おじいさん宛の手紙がまとめてあったでしょう?あれを検めようと思っていますから。」 「そうか?なら手伝うまでもないか。」
翌日、が受けていると兄から聞いた授業の教室の前で待ち伏せをしていると、授業が終わって教室から出てくる学生の中にの姿を見つけた。 「さん、」 少し遠くから声をかけると、その声に反応したは慌てたように振り向き、顔を赤らめた。友人らしい、辺りの学生がになにごとか囁き、はばたばたと腕を振る。恐らく、自分との関係を問いただされているのだろう。自分の容姿を自覚してからは慣れた状況だったので、続は辛抱強くが友人の輪の中から抜け出るのを待った。 「こうりゅ、じゃない、竜堂先輩、こんにちは。」 バンドでまとめてある教科書類を両腕で抱きしめ、は続の前で深く頭を下げた。こんにちは、と続は返す。 「少しお話があるんですが、このあと、お時間ありますか?」 「え、あ、はい、大丈夫です。今日は、これで終わりですから。」 それならと、続はいまだざわめく学生を置き去りにしてを昨日の喫茶店へと連れ出した。 「さん、お母さまとおばあさまがうちのおじいさんの知り合いだと言っていたでしょう?昨日、おじいさんの手紙を整理していたら、お二人からのらしい手紙が見つかったので、渡そうと思って持ってきたんです。」 注文した飲み物が来たのを機に、続は鞄に入れていた封筒の束をの目の前に置いた。 「え、そんな、わざわざ?」 は目を大きく見開き、目の前に置かれた封筒の束を恐る恐る手に取った。ゆっくりとそれを繰っていく。彼女の祖母からの手紙は、年賀状などの葉書を含め二十八通、母親からのものは十二通あった。 「これが、お母さんの字なんだ・・・。」 「よろしければ、差し上げましょう。」 始に断ったわけではないが、反対はしないだろう。 は更に目を見開いた。 「え、そんな、だって、これ、竜堂司先生の遺品なんですよね?いただくわけには、」 「僕たちはおじいさんの記憶はたくさん持っていますからね。けれど、あなたは一つもないのでしょう?なら、あなたが持っているべきですよ。」 でも・・・、と口ごもるに、続は安心させるように笑って見せた。 「いいんですよ。物はなんでも、持つべき人が持っていた方がいいものです。その手紙は、あなたが持つべきなんですよ。」 は少々逡巡していたようだが、ようやく心を決めたらしい。 「ありがとうございます。なんだか私、竜堂先輩にずっとありがとうございます、って言いっぱなしですね。」
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