亀姫夢話
紅の甲冑を纏った美丈夫が、不敵な笑みを浮かべた。 「ですから、これから私と季卿は、下界に降り、大哥と叔卿の手伝いをして参ります。」 私と私の隣にいた男性三人は、一瞬なにを言われたのか理解できなかったかのように沈黙する。瞬間後、男性三人は大笑いを、私は渋面を作った。 「なるほど、この噂を天界軍に流し、相手が戸惑っている間に全て片付けてこようって魂胆か。」 「蛟将軍!無闇矢鱈と賛成して、紅竜王さまを調子に乗せないでいただきたい。」 やや粗野に見える男性を一喝すると、紅の美青年は私に冷たい目線を送った。 「亀宰相。あなたは私が調子に乗っていると?」 「聡明な紅竜王さまならおわかりと、不肖亀は思うております。青竜王さま不在の今、もし万が一にでも天界軍の攻撃を受け、万が一にも形勢が不利になり、万が一にでも青竜王さま並びに白竜王さままでもご不在、と我らそして天界軍の両兵が知れば、我が軍に混乱が起こり、その隙に天界軍が総攻撃を行うことは必至にございます。」 「やれやれ、亀宰相は心配性だ。」 「今の亀宰相の話なら、『万が一』が三度も起こることになる。ならば、亀宰相の最も心配する筋書きが起こる可能性はゼロに近くなりますよ。」 だから大丈夫だむしろ紅竜王さまの筋書き通りになる可能性の方が高い、と男性三人は口々に答える。私は仕方なく口をつぐみ、消極的に紅の美青年の意見に賛成した。
場所が変わる。先程は、どこか談話室めいた明るい部屋だったのが、今は廊下を、窓を右手に紅の青年のあとについて歩いている。窓の外は、暗闇と、点在する明るい星々。 「あなたは、なにを心配しているのですか?」 「全てを心配するのが、私の役目です。ですから、全てを心配しております。」 紅の美青年はまるで硝子製の鈴を転がしたかのような声で笑う。 「たまには私たちを信頼してください。大丈夫です。早急に摩駞、稜騰の両名を倒して戻ってきますから。」 明るい声に、私は溜め息で返した。 「その点は、それほど心配してはおりません。」 「ならば、なにを心配しているのですか?」 はっきり言え、とでも言いたいかのように紅の美青年は振り返り、私の目を覗き込む。 「この隙に乗じて攻めてくる天界軍を叩き潰す気でございましょう?しかも、恐らく彼らが大英断を行うのは、時期的に秘密裏に竜王さま方がお帰りになった後になるでしょう。瞬時にそれだけの英断を行えるのは、天帝が命令を下されない今、天界軍にはおりませんから。我が軍の総力に加え、四竜王さまが本気で戦えば、天界軍など人間界の軍も同じ。紅竜王さまのお考え通り、あと数百年は天界を黙らせることはできましょう。しかし・・・」 満足そうに微笑む美青年を見て、私の半分はああ、やっぱりこの方はこう考えていらしたのだと納得する。 ちらりと見た窓には、情けない顔をする女性がいた。京劇に出てくる兵士のような、でももう少し身分の高そうな格好をした、黒髪の女性。腰にある刀は、実用性よりも装飾性の方を重視したように見える。 「天界軍を叩き潰すには、竜王さま方の力が不可欠です。それは、竜王さま方が戦場に赴くことを意味します。いくらあなたさまでも、」 言い募る私は、ふと青年がまたとないほどに優しく微笑んでいるのに気付いて口をつぐんだ。 「ご心配ありがとうございます、亀姫。」
反省会 |