今月は「ホワイトデイ」 今日もいつものように竜堂家の食生活を是正するために現れた茉莉は、年下の従兄弟のいつにない突進に目を丸くした。 「どうしたのよ、終くん。」 「お願い! 一生のお願い!」 「なあに? お小遣いだったら始さんに聞いてからね。」 そうじゃなくて! と威勢良く叫んだ終だが、それに続く言葉が現れず、口をつぐんで頭を抱えてしゃがみこんでしまった。未だ靴を脱いでいなかった茉莉はその隙に靴を脱ぎ、従兄弟の隣にしゃがみこんだ。 「で、どうしたのよ、終くん。」 「あ、あのさ・・・。」 恐る恐る、といったふうに終は頭を抱える手の隙間から茉莉を見上げた。 「ホワイトデイって、本命にはなにを返せばいいの?」
『有栖川有栖』よりアリス 「なんかなあ。昨日、デッサンしとったらそのまんま寝てもうて、起きたらなんや喉痛うてなあ。」 「そりゃ風邪や。」 苦笑したアリスはちょぉ待っとき、と言って鞄の中を漁る。私はストローの袋をできるだけ細くなるように折り続ける。 「ほら。」 その視界に入ったのは、白い包み。厚手の白い不織布の袋に真珠色のリボンを巻いた、シンプルな包み。 不思議に思って包みを開くと、丸い真鍮色の缶が現れる。首を傾げて微笑むアリスを見上げると、開けてみ、と促される。素直に缶を開けると、白い飴がぎっしり。 「薄荷味、好きや言うてたやん。」 「言うたけど、どないしたん、これ?」 わざわざ包んでもらって。 「先月、チョコもろたから、お礼。」 ・・・先月? 不審に思って眉をひそめると、アリスは笑みを引きつらせた。 「どんだけ待ってもくれへんから、コンビニで板チョコ奢らせたやん。」 ・・・ああ、そういえばそんなこともあったけれど。 「なんで先月チョコ奢ったら、飴もらえるん?」 素直にそう尋ねると、アリスは更に笑顔を引きつらせる。 「・・・あんな、ヴァレンタイン、知っとる?」 「・・・・・・まあ。」 「ほんでもって、今日、三月十四日って、ホワイトデイ言うんも、知っとる?」 ・・・・・・。 お互い引きつった笑みを浮かべて顔を見合わせた。 「付き合うて初めてのヴァレンタインとホワイトデイなんに。」 「・・・・・・ら、来年は忘れへんから!」 ******
「竜堂くん、どうしたの、それ?」 「これ?」 くりっとした目を瞬かせてから、竜堂くんはちょっとだけ笑う。 「今日、ホワイトデイじゃない。先月、いっぱいもらったから、そのお返し。」 「こんなに?」 「みんな、律儀に友チョコくれるから。こんなにいっぱい飴買ってきちゃった。」 ほら、と竜堂くんは紙袋を開いて中を見せてくれる。その中には、白い可愛い袋がいっぱい。 にっこり笑ってそう言うけれど、あたしは知ってる。ともちゃんもあきちゃんも、さよちゃんだって! みんなみんな、友チョコと言いながらも本命チョコを竜堂くんにあげたんだ。素直に渡せば素直に受け取ってくれるから、みんなも気軽に、友チョコなんだよ、って念を押しながら、でも心の底では本命だって気付いて欲しくて、竜堂くんに渡していた。 「あ、はい、これ。」 紙袋を鞄の横に提げた竜堂くんが、通学鞄から小さな青い包みを出した。 「え?」 「お返し。」 「え、あ、あたし、なにもあげてないよ?」 「え? くれたでしょ?」 確かに、渡すのが恥ずかしかったから、カードもつけないで竜堂くんの机に入れておいたけれど。 竜堂くんはちょっとだけ赤くなりながらえへへ、と笑った。 「本命にはマシュマロなんでしょ?」
『九龍妖魔学園紀』(not夢) バディの女性には当然、その他にも同級生の女子生徒や、夷澤や響と同じクラスの後輩からも好意をもたれていた葉佩は先月、大勢の女生徒からチョコレートをもらったのである。 「それまで知らなかった奴からもらっても、ちゃんと返してるんだぜ、あの馬鹿。」 「龍さんは律儀ですからね。」 生徒会室でだらだらとしている皆守に対して、引き継ぎのための書類を確認していた神鳳は冷静に答えた。 「いちいち顔覚えてんだぜ。」 「記憶力も《宝探し屋》には重要だと言っていましたからね。」 「八千穂にも白岐にも、響にも返しやがった。」 「・・・響くんは男性では?」 「あいつ、クリスマスに響から手編みのセーターもらった、って言ってた。」 「はあ。」 うだうだとソファにねそべったままごねる皆守を持て余したのか、神鳳はこめかみをとんとんと叩きながら呟いた。 「一番にもらえなかったからといって、ここで愚痴らないで下さい。」
『有栖川有栖』より火村英生 三月ともなれば受け持っている学生の成績付けも終わり、あとは来年度の授業の準備だけですむ。 久々に社会人らしくない時間に目覚めた火村は、布団を頭の上に引き上げながら階下の慌しい音に耳をすませた。 先月、大家の老婆と共に真っ赤な顔をして少女がチョコレートをくれたのだと、なにかの拍子に親友に漏らしたところ、その親友が「そりゃホワイトデイにきちんとお返ししたらなあかん。」と言い出し、そのまま少女に電話をして三月十四日の予定を埋めさせたのだった。 「火村がホワイトデイに遊園地につれってくれるらしいで。」 なにを勝手なことを、とも思ったが、電話越しに聞こえてきた声が酷く嬉しそうだったので、火村はなにも言わないことにした。 そして昨夜、珍しく少女が自分から火村の親友の恋人に「なにを着て行けばいいかわからないんです!」と半狂乱になって連絡を取ったため、昨夜から階下では急遽少女のファッションショーが行われているのである。 ああでもないこうでもない、とぱたぱたする女性二人を見て、大家は華やかどすなあ、と微笑んでいるので、ばたばたするなと怒鳴りたいところを火村はぐっと我慢している。 まったく、どんな豪勢な遊園地につれていってもらうつもりなんだか、と苦笑しつつ、火村は再び目を閉じた。 |