2月は「ヴァレンタイン」
『創竜伝』より竜堂終
わかっている。わかってはいるのだ。
大それた望みを抱いているということなど、わかりすぎるほどわかっている。
しかし。
「少し期待してたんだけど・・・。」
「そんな期待する暇があったら期末試験の勉強でもしたらどうだ?」
数日後のとある聖人の記念日にチョコレートをもらえないだろうかと担任教師に催促に来た終は、ばっさりとその本人に断られた。
「ひでぇなあ。」
「仕方ないだろう。私は教師でお前はその生徒だ。一人の生徒を特別扱いするわけにもいかないんだから。」
ついでとばかりに教室に持って帰れとプリントを渡され、終ははあ、と溜め息を吐いた。
とりあえず、渡したくない、ではなくて渡せない、という事態でよかった、と少しは前向きに考えながら。
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レッツポジティブシンキング。
『有栖川有栖』よりアリス
「今年は覚えてるんやで!」
胸を張って画家先生は開口一番告げた。
珍しく、お邪魔しますすら言わずに。
カレンダーは二月を示している。二月の行事と言えば、もちろん恋人のあの日なのだが。
世間に疎い私の恋人はそんなことすっかり忘れてしまい、毎年慌てて十五日以降に割引されたチョコレートを買ってくるのである。
毎年のことなので慣れてはいるのだが、やはりなにもないというのは寂しいものである。親友に言わせれば、三十過ぎてまでそんなことを気にしている方がおかしいらしいのだが。
そんな恋人が、二月、私の家へやってきて、今年は覚えているのだと胸を張っている。
これは期待していいのだろうか。
初めて十四日にチョコレートをもらえるのだろうか。
ふふふ、と笑った画家先生はほら、と私に紙袋を押し付けた。
「恵方巻きも豆もお面もばっちりや!」
そっちか。
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そしてヴァレンタインは結局忘れる主人公。
『東京魔人学園剣風帖』(not夢)
ふむ、と龍麻はカレンダーを見つめた。
つい数週間前に生死を賭けた戦いが終わり、平穏な学生生活が戻ってきた。大学受験まっさかりではあるが、やはりこういうことは気になるものである。
二月十四日。
ヴァレンタインである。
相棒の京一はどっちが多くもらえるか勝負だ、と騒いでいたが、卒業後海外へ渡る京一とは違って進学する龍麻はあまり乗り気ではない。
しかし、そこはやはり健全な男子高校生。その日が近づくにつれて、少しは気になってしまうもので。
「でも、学校行かないからなあ。」
受験期間ということで三年生は自由登校になっている。龍麻が登校したからといって、くれる側も来るとは限らないのである。
「んでも、なあ。」
目の前の、小さな箱に視線を移す。妹が「お世話になった人にあげなよ。」と余分に買っておいたチョコレートをくれたのである。
男が誰にあげるんだとか、お世話になった人は一人にしか見えないのかとか、いやそれをヴァレンタインになんでとか、様々に突っ込みたいところはあったのだが、妹の好意を無碍にすることもできない兄馬鹿は大人しく受け取っておくことにしたのである。
世話になったといえば、仲間全員に世話になっている。けれども、こうしてヴァレンタインにチョコレートを渡すというのもなにか間違っている気がする。しかも、世話になったのは仲間全員で、誰か一人に特別に、というのはなにか間違っているような気がするのだ。
ふと、浮かんだ顔があった。
世話になったといえば、他の仲間などよりもずっとずっと、世話になったというか。
いや、世話なんてものじゃなくて、ただ。
ただ、なんとなく、顔が浮かんだだけで。
「よしっ。」
決めた。
「自分で食べよう。」
浮かんだ顔は、かき消した。
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誰が浮かんだかはご想像にお任せします。
『九龍妖魔学園紀』(not夢)
「甲ちゃん、チョコほしい?」
「あ?」
「ラヴェンダー入りチョコっての見つけたんだけどさ。」
バディの女性人からもらったチョコレートを仕分けしていた葉佩は、ベッドに寝転んでいつもどおりアロマをふかしている皆守の方を向く。皆守は視線だけを葉佩に向けて尋ねる。
「いつ買ってきたんだ。」
「今やネット通販は当たり前の世の中だよ、甲太郎。」
呵呵と笑う葉佩に、あの忍者を使ったんだな、と予想をつける。
「というわけで、いる?」
「・・・いる。」
ほい、と愛想のない紙袋に入ったチョコレートを葉佩は投げつけ、皆守も無造作にそれを受け取る。そのまま机に戻ろうとした葉佩を呼び止め、皆守はズボンのポケットに手をやる。
「どした?」
「やる。」
「へ?」
皆守が投げたものを慌てて受け取る。
「・・・・・・甲太郎。」
「・・・んだよ。」
「お前、可愛いなあ。」
手の中のチロルチョコを見て、葉佩はしみじみと呟いた。
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きなこもち味希望。
『創竜伝』より竜堂続
「先輩、受け取ってもらえますか?」
付き合ってまだ日の浅い恋人は、はにかみながら簡素なラッピングの箱を続に差し出した。過度の微妙に合っていない包み方を見て、自分で包んだのだろう、と続は推測した。
ということは、市販のものではないということで。
柄にもなく心が浮き立つのを自覚しながら、続はしかし普段通りに微笑んだ。
「ありがとうとございます。とても嬉しいですよ。」
「ほ、本当ですか!」
「ええ。当然です。普段から心はいただいていますが、やはり形に残るのも嬉しいものですから。」
へへ、と恋人は笑い、ふっくらとした可愛らしい頬を赤く染めた。
続も、普段の冷徹な顔からは想像もつかない、とろけるような笑みを浮かべる。
「どう思う、余?」
「続兄さん、めろめろだね。」
「いや、確かにそうだけどさ・・・なんつーか、これ、絶対彼女以外からはチョコ受け取らないぞオーラが出てねえか?」
「めろめろなんだから、当然じゃないかしら。」
「・・・お前な、よく考えろよ。続兄貴のもらってくるチョコの大半を俺たちが処分してるんだぜ? つまり、今年は俺たち、続兄貴のチョコをもらえないってことじゃねえか。」
「・・・それは困ったね。」
影から覗き込む年少組に、あとで次兄からの鉄拳が落ちるのは、数時間後である。
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竜堂家の前でチョコ渡してるのでこうなる。 |