最後の

 

 私は真上を見上げた。

「春だわ。」

 小さく呟いて、辺りを軽く見回した。独り言を聞かれることほど恥ずかしいことはない。

 幸運なことに、辺りに人は多かったけれども、誰も、そう誰一人として一人公園で桜を見上げる女子中学生などには注意を払っていなかった。私は安堵して、再び真上を見上げた。

 儚く散る桜。

 その短命さゆえに私たちに古くから愛されている、桜。

 ならば、私も愛されているのだろうか。

 儚く散りゆくことが運命付けられているものこそ美しいのならば、私も今最も美しく輝き愛されるべきなのだ。

「馬鹿馬鹿しいことだわ。」

?」

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには我が青春学園中等部男子テニス部のレギュラージャージを身にまとった見覚えのある男子二人組が立っていた。

「手塚くんに、河村くん、で、正しかったのかしら。誤っていたらごめんなさい、もの覚えが悪くて。」

「合ってるよ、さん。」

 人懐こい笑みを浮かべた河村くんと常に年がら年中平常ずっとしかめ面を浮かべている手塚くんの対比は、至極笑みを浮かべたくなるようなものだった。感想としては、ひどく対比がしっかりしている分、二人とも愛らしい。

 こんな考えを学園の諸姉に知られてしまえばなんと言われたものやらわかったことではないのだけれども、瞬間的に瞬時にそう思えてしまったのだから私の思考には罪はない無罪である。

「部活に行く途中かしら。休日にも関わらず、精が出るわね羨ましい限りだわ。」

 なんの他意もなく素直に純粋に発した言葉にもかかわらず、河村くんと手塚くんは押し黙ってしまった沈黙してしまった。思い返してみれば、私の言葉は当てこすりにとれなくもなかったと即座に反省自省する。けれど、ここで謝るのもまた誤りのような気がしたので、話題を変えて空気を変えることにした。

「新学期も始まったばかりだけれども、新しく入ってきた一年生殿に有望で有能な選手がいると聞いたわ耳に挟んだわ。」

「ああ、越前のことか。」

「越後とは聞いていないわね。」

 結局、私とこの二人の接点は非常に少ないというよりほとんどない、a littleというよりlittleなのでテニス部の話をするほかないのだけれども。手塚くんだけならば生徒会の話もできただろうけれども河村くんもいることだしそういうわけにもいかないああ会話というものは難しい。

「有能で有望な一年生殿の入部で、今年の大会は優勝を狙えるとか?」

「ああ。今年は中学生活最後だからな。今度こそ優勝するつもりだ。」

「まあ、祝賀会には私も呼んでちょうだいな。河村くんの家でするんでしょう? 一度文化祭の打ち上げで呼んでいただいたけれども、とてもとても美味しく美味な料理が出たことを覚えているわ。」

「そうそう。さんが意外と食べることが好きだって判明したのも、あの時だよな。」

「あら、意外かしら、河村くん?」

「意外だったよ。だって、」

 ハタと河村くんはそこで言葉をとめる。彼が何を言いたいか彼がなぜ言葉を止めたかよぅっくわかったので、私はそれを追及しないでおいた。

「あら、もうこんな時間だけれども、お二人とも大丈夫かしら。私のせいで遅刻になったら、お二人ともグラウンド十周かしらね。」

 追及せず、逆に逃げ道を用意すると、河村くんは心底非常に安堵した様子だった。

「ああ、確かに。じゃあ、、俺たちはこれで。」

「じゃあね、さん。また学校で。」

「ええ、お二人とも、怪我しないように励むがいいわ。」

 手を振って二人を見送り、再び真上を見上げる。

 中学生活、最後の年。

 そう、手塚くんは言っていた。

 ええ、最後よ終わりよ、終焉よ。

、」

 私は心臓が縮み上がるのじゃないかと思った。

「手塚くん、心臓に悪いから、そうやって気配を消して戻ってくるのはやめてくれないかしら。」

「あ、ああ、すまん。」

 かすかに眉をひそめたらしい手塚くんは桜を見上げ、それから私に目をやった。そう、それは視線を向けたというよりも目をやったという表現がしっくりくるくらいに御座なりで等閑でぞんざいだった。感情のこもらないその動作を失礼なんじゃないかとも思ったが、私が彼になにか感情を求めること自体が礼を失することに気付いた。私たちはただ生徒会で共に働くということ以外、あとは去年同じクラスであった、ということくらいしか接点がないのだから。

、体調がよければ、いや、お前がよければ、試合、観に来てくれないか?」

「私が?」

「ああ。」

「言っておくけれども、私、テニスなんてちぃともわからなくてよ。体育の授業も欠席させてもらっているもの。」

「簡単だ。ボールを打ち返せなかったら負けだ。」

 簡単だ。

 そう言い切ってしまうあなたは、

 あなたは、

 

、お前、学校というものにいること自体、今年が最後なんだろう?」

「なんで、手塚くんがご存知なのかしら。」

「先生から言われている。最後なのだから、最後まで学園生活が送れるよう、あまり無理をさせるなと。」

「無理って、生徒会のことかしら。」

「俺が言われたんだから、そうなんだろう。」

「そうね。愚問だったわ、謝罪するわ申し訳ない面目ない。」

 私は真上を見上げ、手を桜に伸ばした。

 ふわり、と儚い命が手に触れる。

「そうね、気が向けば見学させてもらうわ。最後ですもの。」

 

 

 

反省会
 はーい、固定ヒロインに決定ー。

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