初夏の出来事
ちりちり、と。
風鈴売りを見かけたので、私はちょっと足を止めて見世棚を冷やかすことにした。 「風鈴だッ!」 「はい、風鈴です。」 ちりちり、と。 小さくなる風鈴を耳元で大きく揺らして、エノさんは満面の笑みを浮かべた。 「かわいいでしょう?」 「金魚だッ!」 「ええ、金魚です。」 エノさんへのお土産として買ったのは、真っ赤な金魚が描いてある風鈴。 「今年初めての風鈴じゃないっすか?」 「安和さんもそう思いますか?私も、今年初めて見る風鈴売りかも、と思って買ってきたんです。」 カズトラと呼んでくださいよぉ、と照れて安和さんは云うけれど、やっぱり年上の方なんだし、と思って私はきちんと苗字を呼ぶことにしている。その安和さんは、氷の浮いた麦茶を私に出して愛想よく笑った。 あれ?エノさんだって年上なんだけどなあ。 ま、いっか。 「エノさん、そんなに揺らしたら、風鈴が壊れちゃいますよ。」 「風鈴は壊れるのか!?」 「乱暴に扱ったら、そりゃ壊れます。非常に薄い硝子なんですから。」
ちりちり、と。
エノさんは風鈴を近くの窓枠にくくりつけた。 「壊れたら困るな。折角唯ちゃんが買ってきてくれたんだから。」 「ええ、大事にしてくださいよ?」 そういえば。 秋彦兄さんの家にも風鈴があったなあ。 ―――あなたの赤ちゃんは、生まれるの?
ちりちり、と。 音を立てる風鈴の向こうの空を見上げた。 「京子さん、心配しなくても、私は当分子供を生みませんから。」 だって、まだ二十にも満たない年齢なんだから。 ああ、でも、私くらいの年齢でも、ちょっと前まではお母さんになってたんだっけ。
ちりちり、と。
「エノさん、今年の夏、お祭りに行きませんか?」 「祭りか!ああ、いいとも。ちゃんと浴衣を着るんだぞ、唯ちゃん。」 「もちろんです。そのために、今必死に雪絵さんから浴衣の縫い方を教わっているんですから。」 「おお、手作りの浴衣かッ!なら、僕の分も作ってくれ。」 「無理ですよぉ。一人分作るのに精一杯なんですから。来年、作ってあげますから。」 「仕方がないな。なら、絶対に来年は作るんだぞ!」 「はぁい。」
ちりちり ちりちり 反省会 『匣の中』とも微妙に繋がったな。『姑獲鳥の夏』一年後くらいの話。・・・京子さんとなにかあったのか、姪っ子? |